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第三百七十七話 お召し

シーズはニコニコと機嫌のよさそうな笑みを浮かべている。こんな早朝にいきなりやって来るなんて、一体どういうことだ。


いや、これは夢だ。夢なのだと言い聞かせてみるが、どうもこれは現実のことらしい。大体、シーズがこんな笑みを浮かべていること自体が、俺にとっては恐怖以外の何物でもない。こういう顔を付をしているときのこの男は、ロクなことを言わないのだ。


シーズは立ち上がると、スッと俺の傍に寄ってきた。


「では、行こうか」


「え?」


今、行こうか、と確かに彼は言った。行くってどこにだ? 俺は全く思考が追い付いていない。


「何だその顔は。お前自身、予測していたんじゃないのか」


「予測……何の話でしょう?」


「呆れたやつだなお前は。どこまでめでたく頭ができているのだ」


……何でそんなことをアナタにいわれなきゃならないねん、と心の中で呟く。シーズはヤレヤレと言った表情を浮かべながら、頭を左右に振った。


「王女だ」


「は? 王女……様?」


「そうだ。王女がお前をお召しだ。火急のお召しだ」


「え? それって……」


「だから、行くぞ」


「ちょっ、ちょっ……」


「何だ」


「いや、着替えを……それに……」


「着替えなどは城の中ですればいい。私の衣装を貸してやる。それに、何だ。昼間に連れていたあの奴隷のことか? 近くにいるのか?」


あのポンコツならば、近くにいるにはいますが、完全に寝ていますとは言えない。なおも固まっていると、シーズは行くぞと言い捨てて、部屋を出て行ってしまった。


どうしようか……。寝室に戻ってヴァッシュを起こすか。いや、ハウオウル先生を起こして相談するべきか……。いや、それよりもシーズだ。あの男を待たせると色々と厄介な気がする。それに、王女様が火急のお召しになっていると聞いた。俺の言葉が、彼女の心に通じたのかもしれない。助けを求めているかもしれない。だとしたら、一刻も早く彼女の許に行くべきだろう。


そう考えた俺は、シーズが今出て行った部屋の扉を開けて外に出た。シーズはすでに長い廊下の先に立っていて、こちらを睨んでいた。アイツが出て行ったのはついさっきのことだ。もう、あんなところまで行っている。廊下を走ったのか? 


俺は慌てて彼を追いかける。シーズはしばらくその場にとどまっていたが、やがてプイッと踵を返して廊下を曲がって行ってしまった。


玄関に着くと、シーズはすでに馬車に乗り込んでいた。廊下を走って来たのだが、それでも彼には追い付かなかった。何かの術でも使ったのだろうか。瞬間移動が使えるとか……。


そんなことを考えながら、息を整えつつ馬車に乗り込む。俺の乗車を待っていたかのように、馬車はすぐに動き出した。


シーズは俺の向かいに座りながら、じっと窓の外に視線を向けている。その表情は、怒っているようにも見え、何かを考えているようにも見えた。ただ、何も喋らないために、車内は重苦しい沈黙が流れている。


「何をした?」


不意にシーズが口を開いた。視線は相変わらず車窓に向けたままだ。


「別に……何も……」


俺の答えが気に入らなかったのか。彼はゆっくりと俺に視線を向けた。何とは言われぬ迫力がある。


「何もしなくて、王女がお前を召し出すか。王女に何を言ったのだ。これまで何人もの人間が王女との対話を試みたが、誰一人として成功しなかった。だが、お前だけは違う。王女が召し出すなどということは、お前が初めてのことだ」


「別に特別なことをしたわけではありません。ただ……王女様のお気持ちはわかりますとお伝えしました」


「ほう、お前に王女の気持ちがわかるのか。面白いな。王女はどのようなお気持ちなのだ」


「いや……それは……」


「何だ。気持ちがわかるというのは、嘘か?」


「いや……嘘と言うか……。ただ、不安だった、色々なことで苦しんでいたとおもったのです」


「病気ではないということか」


「そうです。おそらく王女様は、周囲の期待に応えたいと思っていたと思います。責任感の強い方だったのではないでしょうか。ただ、その期待に応えることができずに自分を責めてしまって、今の状態になったのだと俺は考えました」


「それで?」


「王女様としては、周囲の期待に応えられるようになりたい。今の状況から脱却したいという思いがありながら、実際にどうしていいのかがわからないために、今の状態になっている。そうなる気持ちが俺にはよくわかります」


「まあ、お前も父上や兄上の期待には一切応えられなかったからな」


……何かムカつく言い回しだ。いや、ここで怒ってはいけない。冷静になれ、俺。


「ですから、王女様の苦しみはわかります、とお伝えしました」


「それだけか?」


「それだけです」


シーズはふーんと言うと再び車窓に視線を向けて黙りこんだ。彼には俺の話は理解できなかったようだ。確かに、頭の切れる彼に、俺のような不器用な人間のことは理解できないだろう。そんなことを思いながら、俺も車窓に視線を向けた。


空が赤く染まっていた。もうすぐ日の出を迎えるようだ。馬車は滑るようにして王宮の門をくぐった。

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https://comic-boost.com/content/01260001

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