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第三百七十三話 ご苦労だった

宰相、メゾ・クレールは優しげな笑みを浮かべている。彼はゆっくりと俺に視線を向けた。


「父帝……。つまり、現皇帝は息災であられますか?」


「はい。亡くなったという話は聞いておりません」


「父帝が健在であるにもかかわらず、東宮は帝位を継ぐと明言したのですか。その決意のほどは、どの程度と見ましたか。単なる冗談ではないということですね?」


「はい。殿下の口ぶりでは、ある程度の準備は整っているように見えました。コンスタン将軍ご自身は、殿下に協力するとかしないとかの話は一切ありませんでした」


俺は知っていることをできるだけ正確に伝えるように務めた。その姿勢に満足したのか、宰相は優い笑みのまま大きく頷いた。


「ということは、インダークの皇帝の位は、遠からず簒奪されるということですね」


宰相は簒奪という言葉を使った。確か、その言葉の意味は、無理やり位を奪い取ると言うものだったと記憶している。クーデターが起こると考えているのだろうか。


「これからの動向には注目しなければならないですね」


宰相の言葉に、その場に居た二人が立ち上がり、部屋を出て行った。斥候でも放ちに行ったのだろうか。


「ノスヤ、ご苦労だった。下がっていいよ」


シーズが相変わらず不気味な笑みを浮かべている。その声を受けて、部屋の外に控えていた兵士二人が入室してきて、俺の傍に控えた。要するに早く出て行けということか。無理やり連れて来られた割には、短い時間で済んで少しホッとする。


「すまないけれど、弟を後宮に連れて行ってやってくれ。女官長には話をしている。あ、それと、帰りの馬車も用意してやってくれ。行先は、僕の屋敷で構わない」


シーズは一気にまくしたてると、俺から視線を外して居住まいを正した。


「……ご案内します」


兵士に促される形で、俺とクレイリーファラーズは退出した。


俺たちは先導する兵士の後ろに続いて黙って廊下を歩く。相変わらず迷路みたいな作りで、結構な距離を歩いている感覚だ。


兵士の背中からは話しかけてくれるなという雰囲気が満ちている。後ろを歩くクレイリーファラーズとも会話ができない雰囲気だ。


歩きながら頭の中を切り替えることにする。あの東宮殿下のことや、インダーク帝国のこと、その対策は宰相らに任せておけばいい。というより、俺が口を挟む問題ではないし、もし、意見を言ったとしても、聞く耳など持ってもらえないような気がする。というより、おそらくシーズはこのことに関して俺に、無理難題を突き付けてくることだろう。それを今考えたところでどうなるものでもないし、それは言われたときに考えればいい。それよりも、ひきこもっている王女様だ。


別に俺が何とかできるとは思わないが、その苦しみは俺にはよくわかる。きっと王女は、周囲の人たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいのはずだ。何とかしたいという思いはあるが、どうしていいのかがわからないといった感情ではないかと俺は想像する。


俺もそうだった。高校を中退してしまい、最初は毎日休みだし、行きたくない学校にも行かずに済むし、それはそれでよかった。だが、日が経つにつれて、将来のことや現状を考えたときに、不安に襲われ始めた。それを払しょくしようと、大検を受けて大学に行くという目標を立てたが、ほとんど学校に通っていなかった俺が、一人で大検用の勉強をするというのは困難だった。それに代わってアルバイトに行こうとも考えたが、中卒の俺を雇ってくれるところなど限られているし、どうしても近所の目についてしまう。結局ズルズルと部屋の中にいるようになってしまい、気がついたらひきこもりになっていたのだ。


現状を変えねばならないという強い思いはあった。だが、どうしていいのかがわからない。両親が親戚たちや近所の人たちから好奇の視線を向けられていることもわかっていた。これを挽回するためには、皆が驚くような一流大学に入るか、一流の企業に就職するしかないと思っていた。もちろん、そんなことは無理なことはわかっていたのだが。


何とかしたいけれどもできない。その気持ちの狭間で俺は苦しみ続けていた。おそらく、だが、王女もその苦しみに苛まれているのだろうと想像する。


あのときの俺が、一番欲しかったものは何か。苦しみを共有してくれる相手だった。誰に言っても俺の気持ちなどわからないと思っていたが、それでも、その苦しみを理解してくれる人が欲しかった。今、俺が王女の許に行ったとしても、何かができるとは思えない。ただ、あなたの苦しみはよくわかりますよと一言だけ言ってあげたい。それで何かが劇的に変わるとは思えないが、それでも、彼女の苦しみは幾分か軽減できると思うのだ。


「……ツ」


気がつくと、大きな扉の前に出ていた。兵士がすぐ横にある小さな扉をノックしている。しばらくすると、そこから一人の女性が屈みながら出てきた。


初老の女性だ。メガネをかけている。スッと伸ばした背筋のためか、何となく人を圧する迫力がある。兵士はその女性に何やら話しかけている。


女性がジロリと俺たちを睨んだ。メチャクチャ怖い……。


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