第三百七十二話 会議
結局、シーズに命令されるまま俺とクレイリーファラーズは馬車に乗り込み、王宮に連れて行かれた。馬車の中ではシーズは一言もしゃべらなかった。ただ、妙に機嫌がよかったのが実に不気味だった。一体何がそんなに機嫌がよろしいのでしょうかと聞いてみたかったが、それはそれでややこしいことになりそうなので、黙っていることにした。知らなきゃよかったと思ってしまうに決まっているのだ。
程なくして馬車は王宮に到着し、シーズはスタスタと長い廊下を足早に歩いて行く。これが意外と早い。付いて行くのがやっとの速さだ。クレイリーファラーズも息を切らしながら歩いてくる。いつもだったら、もっとゆっくり歩けだの、足にマメができてしまうだのうるさいのだが、相手がシーズということもあって大人しい。やればできるじゃないか。
シーズの行くところ、出会う人すべてが頭を下げる。それは決して彼を尊敬して頭を下げているのではない。皆、一様にビクッと体を震わせて、慌てて一礼する。これは即ち、彼のことを恐れているからに他ならない。
確かにコイツはイヤミだし、色々と突っ込んで聞いて来るのでイヤなヤツと言えばイヤな奴なのだが、そういう類ならば愛想笑いを浮かべながら頭を下げるものなのだろうが、そういう素振りもない。もしかしたら、俺の知らないところで、驚くような恐怖政治を行っている可能性がある。知りたくはない話ではあるが。
いつ来てもこの王宮は迷路のような作りになっていて、すぐに自分がどこにいるのかがわからなくなる。きっと、敵の侵入を防ぐ意味でもこんな作りにしているのかと考えるが、あまり考えすぎるとシーズを見失う。ようやく長い廊下に出たところで、俺もクレイリーファラーズもへとへとになっていた。
廊下の先には大きな扉があり、その両端に鎧を装備した兵士が控えていた。そして、シーズの到着を待ちかねたように、彼が近づくと扉を開けた。
中には大きな円形のテーブルが置かれていて、そこに男たちが座っていた。一番奥には、宰相であるメゾ・クレールが優しげな笑みを浮かべながら座っていて、シーズはその隣に腰を掛けた。
「本日は、西キョウス地区統監を臨席させたく存じます」
席に着くとすぐにシーズが口を開く。そこに居並んでいる者たち全員の視線が俺に向けられる。ああ、お腹が痛くなってきた……。
「よっ、よろしく、おねがい、します」
しどろもどろになりながら言葉を絞り出す。俺が臨席させてくれと言った覚えはないんだけれどもな、と思いながら視線を床に落とす。
別に椅子が用意されるわけでもなく、俺とクレイリーファラーズを立たせたままの状態でメゾ・クレールが口を開き、会議を始めることを告げた。
『ヤベェ奴らばっかりです。噂には聞いていましたけれど、初めて見ました』
クレイリーファラーズが俺の頭の中に話しかけてくる。俺は会議の様子に視線を向けながら、隣の彼女に意識を向ける。
『宰相の頭脳、左の眼、右の眼、口、右腕、左腕、心臓、右足、左足、影……全員が揃っていますね』
一体誰が誰だかはわからないが、一人、明らかに色が違う奴がいる。すました顔をしていて、一見すると普通の初老の男に見える。どこにでもいそうな面構えだが、この男が纏う雰囲気が気持ち悪い。気配をほとんど感じない。それに、俺にはわかる。コイツは強い。もしかして、殺し屋か? ということは、コイツが「宰相の陰」か?
全員が通り名を持っているのが気持ちが悪いが、そんな俺のことなど知ったことではないとばかりに、会議は淡々と進む。内容もあまり大したことはない。どこかの町の道路が修復されたとか、湖の水位が下がっているとか、そんなことが報告され、参加している男たちの一人が、私が対処しようと言って、次の議題に進んでいく。
「それでは最後の議題として、インダーク帝国に関する報告を行います」
それまで大人しく会議を聞いていたシーズが口を開く。彼は隣の宰相にスッと一礼すると、さらに言葉を続ける。
「我が弟にして、西キョウス地区統監であるノスヤ・ムロウス・ユーティンが、帝国の東宮とコンタクトすることに成功した。その件に関して、本人から報告させます。さ、ノスヤ」
「……」
いきなりそんなフラれ方をしてくるとは思わなかったので、絶句してしまう。全員の視線が俺に集中している。頭の中が真っ白になっていく。聞いてないよ……。
「何も畏まる必要はない。先ほど、私に話した通りのことを話せばよいのだ。さ」
さ、じゃねぇよ。さっきシーズの屋敷で何を喋ったっけ? 思わず隣のクレイリーファラーズに視線を向けるが、彼女はスッと俺から目をそらした。ここで逃げるのかい!
「東宮は帝位に関して、何と言っていた?」
俺のすぐ近くに座っていた、何とも優し気な男が話しかけてきた。
「はい。東宮殿下は、御父上に成り代わって、自分が継がねばならないと言っておられました」
「その時期は」
「明確には聞いてはいません」
「……」
そこにいた全員が俺から視線を外し、宰相に視線を向けた……。
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