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第三十七話 フェルドラゴン

白い羽毛に覆われた小さなドラゴンは、俺たちの接近に全く気付くことなく、ひたすら天を見据えている。一瞬、何かのオブジェだろうかと思ったが、体全体がゆっくりと上下に揺れているために、ちゃんと生きているようだ。


俺はクレイリーファラーズと顔を見合わせながら、ゆっくりとドラゴンに近づいていく。遠巻きではあるが、ほぼ、真横までやってきたが、ドラゴンは全く動かない。一体何だと思っていると、突然、ふっとドラゴンが俺たちのいる方向に顔を向けた。


「んきゅう!」


ビクッと体を震わせたかと思うと、白いドラゴンは森に向かって一目散に走りだした。あまりに予想外のことだったため、俺は呆気にとられながら、その光景を見守るしかなかった。そんな中、隣にいたクレイリーファラーズが、ゆっくりと口を開いた。


「あれは仔竜ですね」


「仔竜?」


「まだ子供のドラゴンです。おそらくあれは、フェルドラゴンですね」


「フェルドラゴン?」


「全身を羽毛にくるまれたドラゴンです」


「……すごく悪い顔になっていますね。ということは、あれは希少種ですか?」


「さすが、察しがいいですね。ええ、フェルドラゴンは希少種です。成竜になると、あの羽毛は抜群の防火性と防水性を併せ持ち、しかも、魔法での攻撃をレジストしてしまう程の防御力を持ちます。従って、フェルドラゴンの羽毛で編まれたローブは、冒険者垂涎のアイテムです」


「へぇぇ……」


「でも、おかしいですね。通常仔竜は親竜と一緒に居るはずですし、そもそもこの辺りにはドラゴンが住むことなどなかったのですが……。もしかすると、親竜が森の中にいるかもしれませんね。だとすると……大変だわ」


いつになく真面目な顔をしたクレイリーファラーズがそこにいた。その真剣な眼差しと体中からあふれ出す緊張感は、今の状況がかなりの危機的なものであることが、手に取るようにわかる。


「……ドラゴンを討伐しますか?」


俺の問いかけに彼女は、口を真一文字に結びながら、森の中を見つめている。そして、ゆっくりと息を吐き出すと、頷きながら口を開いた。


「やめておきましょう」


「は?」


「そもそも、親ドラゴンが森の中にいたとしたら、間違いなく森の魔物たちに異変があります。例えば、森の奥深くに住んでいる魔物が人里に下りてきたり、ひどい場合には、魔物が大挙して森から出てきたりすることもあります。今のところ森は落ち着いていますから、おそらく親竜はいないのではないかと思います。ただ、確か、フェルドラゴンは標高の高い山に住んでいますので、仔竜がこんな所に居るのは、とても珍しいです」


「と、いうことは……?」


「何だか、悪の匂いがしますね」


そういうと、彼女は空に向かって口笛を吹いた。しばらくすると、ハトが数羽俺たちの側に舞い降りてきた。クレイリーファラーズは再び口笛を吹くと、ハトはひと鳴きして大空に舞い上がった。


「あの……今のは、何を?」


「ハトたちにあのドラゴンを探させます」


「なぜ、ハトなんでしょう?」


「決まっています! 目がいいからですよ!」


「……でしたら、鷲とか鷹ではないのですか?」


「鷲とか鷹を使役できたら、そもそも、こんなところにはいません」


「どういう意味だ」


そんなことを言いながら、俺たちはまずハトからの報告を待とうということで、一旦屋敷に帰った。だが、その日は結局、ハトたちからは何の報告もなかった。


そして次の日、朝早くに目が覚めた俺は、何気なく裏庭の勝手口を開けて外に出た。するとその瞬間、俺の耳に、聞きなれない鳴き声が聞こえてきた。


「にゅー……にゅー……にゅー……」


それはタンラの木の方向から聞こえてきた。俺は恐る恐る鳴き声のする方向に歩いていき、注意深く木の周囲を歩いていく。鳴き声がどんどん大きくなっていく。


俺は恐る恐る、木の陰から顔を出してみた。すると、やはり昨日いたあの白い仔竜が、タンラの木を見上げ、鳴き声を上げながら口を閉じたり開いたりしている。


「……もしかして、タンラの実が欲しいのか?」


そんなことを思いながら俺は、その仔竜を観察する。どうやら、本当に木の実が欲しいらしく、時おり、翼を広げてそれをパタパタと羽ばたかせながら、何とか飛ぼうとしている。だが、まだこの仔竜は飛べないらしい。むなしく羽の音が響き渡るだけで、その体は宙に浮くことはなかった。ただ、至近距離で見ていると、仔竜とは言え、その体の羽毛はとても軟らかそうで、しかも美しい光沢を放っていた。それに、この仔竜自体もかなり愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしている。そう、どこかの天巫女とはえらい違いだ。


そんなことを思っていると、俺の耳に、今度は聞き覚えのある音が、俺の背中の方向から聞こえてきた。思わず振り返ってみてみると、それはラーム鳥だった。相変わらず極小の羽音で森から数十羽がソメスの木に向かって飛んできている。この光景を見るのは、久しぶりだ。


ラーム鳥は瞬く間にソメスの実から果肉を吸い出していく。そして、すぐに彼らは森の中に帰っていく。いつもながら感動するくらいの手際の良さだ。


そのとき、一羽のラーム鳥が、俺の方向に向かって飛んできた。そして、音もなく俺の肩の上に下りてきた。


「クルルルル~」


「あっ! お前は!」


思わず声が出てしまった。この鳥は確か、俺が助けてやったラーム鳥だ。以前見たときよりも二回りほど大きくなっている。もう、立派な成鳥になっていた。それでも俺のことを忘れず、姿を見かけて飛んできてくれたことがとてもうれしかったのだ。しかし、その瞬間、またしても聞きなれない鳴き声が俺の耳に届いた。


「きゅおおっ!」


見ると仔竜が目を見開いて驚いている。一瞬の間をおいて、仔竜は森に向かって一目散に駆けだしていた。


「あっ! 待て! タンラの実を……」


そこまで言いかけて俺は絶句した。仔竜は森まであと数メートルの所でピタリと動きを止めたかと思うと、ゆっくりと横に倒れていったのだ。まるで、時が止まったかのような静寂が、辺りを包んでいた……。

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