第三百六十七話 王都到着
村を出発して三日後、俺たちは王都に到着した。今回の旅はかなり効率的だった。
王都への旅は一度経験をしているために、宿屋などの手配は比較的スムーズにできた。というのも、宿屋には次に赴く町と宿屋が決まっていれば、予約することができるシステムになっているので、それを活用したのだ。何でも、リリレイス王国には国中の宿屋がネットワークを張っていて、始終早馬が飛んでいるらしい。そうしたこともあって、とりわけ宿屋の心配は一切なかった。お陰で、すべて、前回泊まった宿屋で、同じ部屋を予約することができて、実に快適な旅だったのだ。
ハウオウルとパルテックも馬車から降りてきたが、二人とも疲れはなさそうだ。本当にこの三日間は移動、食事、睡眠の三つだけをやっていた気がする。前回は夕方近くになると宿屋を探すために早めに町に入ったが、今回は大体の移動時間と距離が読めるために、かなり速いペースで旅路を進むことができた。俺一人なら、二日あれば王都に着くことができるなという変な自信まで付いた。
「ッ……テテテ……」
最後にクレイリファラーズが降りてきた。彼女は尻をさすりながら呻き声を上げている。
「……あと十分走られていたら、尻が割れちまうところだったわ」
……もともと尻は割れているだろうが、という言葉を飲み込む。かなり長い時間座っていたが、俺は特に尻に痛みは感じない。むしろ、この天巫女の方が俺より尻の肉と皮は厚そうだが、不思議なもので、彼女一人だけが尻をさすっている。
「……」
あらためて到着した屋敷を仰ぎ見る。言うまでもなく、ここはシーズの屋敷だ。正直、ここには来たくなかった。
最初俺は、王都のホテルに宿泊するつもりだった。しかし、二日目の夜、宿泊している宿屋にシーズからの早馬が到着して、自分の屋敷に来るようにと伝言されたのだ。さすがはシーズで、やることが早い。
以前は、赤いじゅうたんが敷かれ、家人たちが列をなして俺たちを迎えてくれたが、今回はそうした仰々しい出迎えはない。至って通常運転といった状況だ。
「お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました」
俺たちが到着するのを見計らっていたかのように、玄関の扉が開いて、初老の、しかし、上品そうな女性が出迎えてくれた。いわゆる、マダムと言って差し支えない風貌と雰囲気だ。この屋敷の中でも高ランクの人なのだろうな、などと心の中で呟く。
「ささ、どうぞ。シーズ様がお待ちかねでございます」
……やっぱり待っているのか、という言葉が出るのをすんでのところで飲み込む。実は昨夜、ヴァッシュと話しをしているときに、ふと、この時のことを想像したのだ。俺は、シーズは忙しいし、俺たちがいつ到着するのかもわからないから、屋敷に着いたときに着替えればいいという考え方だったが、ヴァッシュは違った。絶対に屋敷で待っているはずだから、ドレスとまではいかないまでも、それなりの格好をして行くべきだと言った。その勧めもあって俺は、小ぎれいな格好をして馬車に乗った。まさしく、彼女の意見を聞いていて正解だった。
前回同様、執務室に案内される。女性は扉をノックして、西キョウス地区統監様がお見え遊ばしました、と何とも固っ苦しい言い回しをして、扉を開けた。
「やあ、ノスヤ。遅かったじゃないか」
シーズはそう言って笑みを浮かべるが、やはり目は笑っていない。それどころか、待ちくたびれたと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。いやいや、どんなに急いでもこの時間になるのはわかっていたはずだ。それなのに、さも、俺が悪いような振る舞いをするのは、止めて欲しいものだ。
シーズは椅子から立ち上がると、俺たちの許まで歩いてきた。そして、ヴァッシュにようこそと一言声をかけ、後ろに控えていたハウオウルたちに小さく一礼した。そして、皆に椅子に座るように促した。
「いや、今回のお前の報告には驚いたよ。まさか、インダークの東宮と友好関係を結ぶとは。さすが、私の弟だけある」
絶対にそんなことは思っていないだろうと、俺は腹の中で呟く。察した通り、シーズはさらに言葉を続けた。
「ただし、東宮をそのままインダークに帰してしまったのは理解に苦しむ。その、理解に苦しむと言えば、書状によればお前はソフィア王女との結婚を勧められたのに断ったとあった。どうしてそんなことをする。何故、断った」
「いっ、いや、その……」
「奥方に遠慮しているのか」
「いっ、いや、そうではありませんが……」
「みすみす人質を手に入れられる機会を逃すなど、バカもいいところだ」
「違うわ。敢えて断ったのよ」
ヴァッシュが口を開く。シーズは顔は俺に向けたまま、目だけを動かして彼女を見た。
「ソフィア王女様は彼を篭絡しようとしたの。その王女の姉君は、男性を篭絡する手練手管に長けていると聞いたわ。ということは、王女様は、彼を篭絡してインダーク側に取り込もうという魂胆があると見て、私たちは敢えてお断りをしたのよ」
「ソフィア王女様、か」
シーズはそう言うとニコリと笑みを浮かべた。
「そんなことは心配しなくていい。結婚するにしても形だけの上で、王女には王都で暮らしていただけばいい。そうすれば、邪な策略は効果を発しない。まあ、いいだろう。今のお前の顔を見て、安心したよ。この話をすぐに私に報告してくるとは、お前もようやくモノがわかってきたな。褒めてやる」
……褒めてやる、と言っても、目が笑っていない。やっぱり俺は、この男は苦手だ。




