第三百六十六話 再び、王都へ
それから三日後、俺は再び馬車に乗り込み、王都に旅立った。
一週間がとんでもない速さで過ぎていくのを感じながら、見送りに来たヴィヴィトさん夫婦やレークたちと挨拶を交わす。
皆、一様に俺とヴァッシュの体調を心配してくれる。お疲れが出ませんように、という言葉は、実にいい挨拶だ。そんなことを考えながらうつりゆく車窓の景色を眺める。
今回もハウオウル先生、パルテック、クレイリーファラーズが同行する。クレイリーは問題ないとして、ハウオウル先生とパルテックはもう年だ。体に大きな負担をかけてしまう。これが原因で寿命を縮めないかと変な心配をしてしまう。
だが、二人は意外にも旅好きで、王都へ向かう馬車にも意気揚々として乗り込んでいた。一方、クレイリーファラーズは不満たらたらで、やれ、お尻が痛くなるだの、腰痛になるだのと言って、馬車に乗り込む直前までブツブツ文句を言っていた。どっちが年寄だか、わかったものではない。あ、いや、年齢で考えれば、あの天巫女は一度人生を全うしているので、それはそれで合っているのか。
膝の上には、これもいつものようにワオンが乗っている。彼女はここ最近、ちょっと重たくなった。いよいよ、ドラゴンとして成長していくのだという楽しみもある反面、このかわいらしさが失われてしまうのは、少し残念な気持ちもある。実際、この仔竜は拾った頃よりも、一回り大きくなっている。王都でもし、時間があれば、あの竜医であるアルマイトさんの屋敷を訪ねて、ワオンの今後を相談してもいいかもしれない。というより、このフェルドラゴンが成龍になった姿を俺は知らないので、その辺りも聞いてみよう。まあ、クレイリーファラーズに聞けば教えてくれるだろうけれど、それは……止めておくことにしよう。何だか、面倒くさい感じになりそうな気がする。
ヴァッシュはいつもと同じ衣装で、俺の真向かいに座っている。ちなみに、俺も普段生活している服のまま馬車に乗り込んでいる。今回は別に人に会うわけでもないので、一番リラックスできる服装で行こうと俺が提案したのだ。何と言ってもあの、貴族の服装は疲れるし肩がこる。きっとそれはヴァッシュも同じだろう。そういう服は、王都に着いて、シーズにあう直前に着ればいい話なので、今回は平服での旅を提案したのだ。
ヴァッシュは最初は俺の意見に反対した。貴族たるもの、常に畏まった服装をするべきだという意見は確かに正論だが、別に誰に会うわけでもないし、第一、そうした衣装は身に付けるのに時間がかかる。一刻も早く王都に着いておきたいのだという俺の話に、彼女は不承不承ながら賛同してくれた。
彼女はいつものように足を組み、窓に頬杖をつきながら車窓の景色を眺めている。その横顔はやはり美しい。ちなみに、彼女から言われたシーズ宛ての手紙は、一晩中かかって完成させた。すべて手書きなので、一度ミスると最初からやり直しになる。何度これを繰り返したことだろうか。最後の最後、自分の名前を書くところで、どうしたことか、「青海一馬」と書いてしまい、深夜に声にならない声を上げてしまったのは、今思うと懐かしい。
何だか、馬車の速度が以前よりも早くなっているような気がする。森の中のティーエンさんの家が一瞬で通り過ぎていった。もうすぐ森を抜けるところだ。
正直言って、テンションは全く上がって来ない。シーズに会ったところでゴン詰めにあうのはわかりきっているからだ。たぶん、俺が予想もしていない質問が飛んでくることだろう。で、俺はパニくる。そして最後は、無理難題を押し付けられて号泣するのだ。
ヴァッシュの実家に行ったことや、あの東宮殿下のことは、俺が望んで関わったことではない。突破口はその点だ。俺は知らんけど、相手が勝手にコンタクトを取ってきたという線で攻めるしかない。まあ、シーズにかかれば、易々とコンタクトを与えたお前が悪いのだと言われてしまえばそれまでなのだが。
……こんなことを考えていても鬱になるだけなので、別のことを考えることにする。王都で気になる話と言えば、国王のことだ。
東宮殿下は当然のように国王はお隠れになったと言っていた。そして、次代を継ぐべき王女は絶賛ひきこもり中だという。別に、王女を助けたいとは思わないが、もしその話が本当だとすれば、彼女は相当に心に負担がかかってしまっているはずだ。下手をすると、そのまま自ら命を断つ可能性すらある。俺一人の力でどうなるとは思わないが、少なくとも、彼女の境遇や苦しみに関しては、共感してあげられると俺は踏んでいた。きっと、王女がいつもの生活を取り戻せば、宰相やシーズたちの心労も和らげることができる。シーズはあまり好きではないが、宰相様は嫌いではない。それに、色々と便宜を図ってもらった恩もある。その彼に恩返しではないが、何かの役に立てればという思いもそこにはあった。
このときの俺は、王女に目通りして、少し話をして、そのまま帰るつもりでいた。だが、それは甘かった。これから、とんでもなく忙しい時間が始まることを、このときの俺は知らなかった……。




