第三百六十四話 ラーム鳥が肩に止まる
それからクレイリーファラーズは、ブツブツと何かを呟きながら、ダイニングを歩き回った。しかも、カリカリと親指の爪を噛んでいる。お行儀がわるい悪い。
あの殿下の話がよほど悔しかったのか、顔が歪み切っている。こういう状況のときは放っておくのが一番だと、俺は長年からの経験で知っている。ちなみに、殿下が言っていたコラホシというのはフクロウのような鳥で、デルドロというのは、鷹のような鳥であるらしい。特にデルドロは成鳥になると二メートル近くなる巨大な鳥で、下手をすれば人間の赤ちゃんなども攫われてしまうこともあるらしいのだ。そんな鳥を飼っていること自体、驚くことだが、それをちゃんと飼育して自分に慣らしていることに、この天巫女は激しい嫉妬を覚えているようだ。まあ、俺は鳥のことには興味がないので、彼女の気持ちはわからないが。
とりあえず、パッキングしている荷物を解こうという話になる。衣服類をクローゼットに仕舞い、下着類を洗濯に出す。明日にでもヴィヴィトさんたちがやって来て洗濯してくれるだろう。
ヴァッシュとパルテックは衣装を仕舞うのに忙しい。ワオンもヴァッシュの煌びやかな衣装が珍しいのか、じっとその光景を見守っている。俺は俺で少し手持無沙汰になってしまう。
そういえば少し小腹がすいてきた。裏庭にあるソメスの実が大きくなっていることを思い出して、早速それを取りにいく。
ソメスの実を収穫していると、左肩に何かが止まったのを感じる。視線を向けると、そこにはラーム鳥が止まっていた。確かコイツは、俺が雛の時に助けてやったヤツだ。
「おおどうした?」
俺が声をかけると同時に、数羽のラーム鳥が飛んできて俺の肩に止まる。右肩、左肩にそれぞれ二匹ずつ止まっている。よく見ると、左肩の二匹が右肩のそれに対して一回りほど小さい。俺はピンときた。
「ああ、お前、嫁さんを見つけたのか。左肩は……お前の子供か! おめでとうな!」
俺がそう声をかけると、ラーム鳥は空に向かって飛び上がり、頭の上で旋回をした。そして、再び森の中に戻っていった。この間、全く羽音をさせていない。まさに、隠密行動に特化した鳥であると言える。
収穫したソメスの実をもって屋敷に入る。ヴァッシュたちはまだ部屋にいるようだ。クレイリーファラーズは……壁に向かって何やら呟いている。これは放っておこう。先にソメスの実を食べようと手に取ったそのとき、ドタドタと足音が聞こえ、扉が勢いよく開かれて、東宮殿下が帰ってきた。
「ラーム鳥らしき姿を見たけれども?」
「あっ、ああ。俺がソメスの実を収穫しに裏庭に出たら、ラーム鳥が飛んできたのですよ。どうやら嫁さんを見つけて子供も生まれたらしく、家族四人で俺の肩に止まってくれました」
「ラーム鳥が肩に止まるぅ!?」
殿下が頓狂な声を上げて思わず体が震える。その声を聞いてクレイリーファラーズが俺の方向に振り返った。殿下の顔色が変わっている。こうしてみると、殿下とクレイリーは同じような表情を浮かべている。何だか、似た者同士だ。このまま二人、付き合っちゃえよ……。
俺の心を知ってか知らずか、殿下はクレイリーファラーズに視線を向けながら、そんなことあるのか、と聞いている。彼女も、珍しいことですが、ここではラーム鳥が人間に懐くのだと説明している。
「僕の知る限りでは、そんな事例は見たことも聞いたこともない。これは、研究する必要があるねぇ」
「雛から育てる、というのが一番の方法ですわ」
「問題は、ラーム鳥の雛をどうやって見つけるか、だ」
「そうですね。私どものときは、グレートヒルツに襲われているところを助けました」
「なるほどねぇ。だが、ヒルツがラーム鳥を襲うことができる確率は少ないだろう。何と言ってもラーム鳥は山の木々と同化すると同時に、気配を消すこともできるからねぇ。ヒルツはたまたま、と言ったところだろう」
「で、あれば、巣から落ちてしまった雛を探して育てる、と言うのが一番得策かもしれませんわね」
「なるほど。その方が、可能性は高そうだねぇ。あの森の中で野営をして、落ちてきた雛を探す、か」
……ラーム鳥って、そんなに簡単に巣から雛を落とすか? という突っ込みを我慢する。俺の知る限りあの鳥は非常に警戒心が強い。それでも、あの森の中に巣を作っているのは、この村の人たちが森には一切干渉しないからだ。ティーエンさんが木を切るくらいで、旅人も、噂には聞いているが、敢えてあの森の中でラーム鳥を探して云々、などという行為は行わない。だからこそ彼らはこの森に居ついているのだ。それが、森の中で野営されれば、巣を捨ててどこかに行ってしまうのではないか、と思ってしまう。
そんな心配はどこ吹く風、二人はどうやってラーム鳥の雛を手に入れるかで盛り上がっている。二人で野営すればいいんじゃないか、そのうち愛も生まれるんじゃないか。
クレイリーファラーズが俺に視線を向けたかと思うと、つかつかと傍に寄ってきた。彼女は俺に真っすぐな視線を向けた。
「では、ラーム鳥の雛の確保、お願いしますね」
「俺がやるんかい!」
「当然です。ラーム鳥はあなたに懐いているのですから」
「そんなことをしたら、本当にあの鳥はこの森から出て行ってしまいますよ?」
「それでもやるしかありません」
何を言っているんだという言葉を飲み込む。俺も忙しいんだ。そのとき、俺の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
「……アナタはスズメを使役できるのでしょ? スズメに見張らせたら?」
「……それよ! たまにはいいこと言うじゃないですか!」
……マジで、この天巫女、ぶん殴ってやろうか。
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