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第三百五十二話 ここはどこ?

「ご領主! ご領主!」


ハウオウルが周囲を見廻しながら大声を上げる。彼がこのように狼狽えた姿を見せるのは珍しいことと言えた。その大声が耳に入ったのか、階下から武官が足早に階段を上ってきた。


「いかがなさいましたか」


「ご領主の姿が見えぬ。そなたら、ご領主をどこにやった!」


「落ち着いてください導師。侯爵様は急な会談に向かわれました」


「会談? 一体誰とじゃ!」


「何も心配することはございません。侯爵様はこのお屋敷にいらっしゃいます。すぐにお戻りになりますので、しばらくの間お待ちください」


「その会談の場所に案内してちょうだい」


ヴァシュロンが口を挟む。彼女は武官に真っすぐな視線を向けている。


「承知しました。ですが、侯爵様は間もなくお戻りになります。奥方様がわざわざお出ましになる程ではございません。今から私がお迎えに上がります。しばらくの間、お待ちください」


そう言って男はスッと腰を折った。ヴァシュロンは言葉を続けようとしたが、男は踵を返すと足早に階段を降りていった。


「しまった……儂としたことが……」


ハウオウルは頭を抱えながら力なく、ソファーに腰を下ろした。その様子をパルテックが心配そうな表情で眺めている。


「別にいいんじゃないですかぁ」


緊迫した空気をぶち壊すような、頓狂な声が聞こえてきた。クレイリーファラーズだ。彼女は面倒くさそうな表情を浮かべながら口を開いた。


「このお屋敷の中にいるんでしょ? それに、あの方もすぐに戻ってくると言っていますし、ここで待っていればいいんじゃないですか?」


「お嬢ちゃんは知らぬと思うが、ステージで歌っていた女性……。あれは、儂の記憶が正しければ、シューレス公爵の令嬢じゃ」


「シューレス公爵!?」


突然ヴァッシュが頓狂な声を上げる。ハウオウルは彼女に向き直ると、大きく頷いた。


「そうじゃ。あのシューレス公爵の娘じゃ」


「まさか……」


「ああ。儂の予想が正しければ、奥方の懸念の通りのことが起こるかもしれぬ」


ヴァシュロンは足早に階段に向かうと、一気にそこを下っていった。


「姫様……」


パルテックが心配そうな表情を浮かべている。彼女もヴァシュロンを追いかけたかったのだろうが、ワオンを抱いているためにそれができないでいるようだった。


「シューレス公爵って誰ですか?」


そんな緊迫した空気の中、クレイリーファラーズが口を開く。深刻な表情を浮かべていた二人が、ハッと我に帰る。


「……お嬢ちゃんは知らんだろうが、シューレス公爵は皇帝の弟にあたる方じゃ」


「その弟がどうしたのですか?」


「いや、その御方は温厚な方で問題はないのじゃ。問題はその娘で、男ぐせが悪いと評判の女性なのじゃよ。いい男と見ればすぐに口説いて関係を持つと言われておる」


「え? ということは、まさか……」


「そうじゃ。ご領主はその女性に篭絡される恐れがある」


「モテ期が今来るのかよ……」


「もてき?」


「こちらの話です。それは……夫婦関係に傷が入りますねぇ……」


クレイリーファラーズはムフッと笑みを浮かべると、先ほどヴァシュロンが駆け下りていった階段に視線を向けた。すると、そこからコツコツと音が聞こえた。その音は徐々に大きくなっていき、すぐにヴァシュロンの姿が見えた。


「奥方……」


「追い返されてしまったわ。すべての部屋を見たけれど、彼の姿はなかったわ。ということは、彼はまだ、表のお屋敷にいるはずだわ。ただ……そこに通じる扉は鍵がされていて、どうしても通ることができなかったわ」


彼女はそう言うとソファーに腰を下ろした。


「姫様……」


パルテックが不安そうな面持ちで口を開く。だが、ヴァシュロンは小さく頷くと、はっきりとした口調で、まるで宣言するかのように口を開いた。


「待つしかないわ。彼のことを信じて待つしかないわね。大丈夫よ、きっと。彼に限って、私たちを裏切るようなことはしないわ」


ヴァシュロンの目は、彼の心変わりなど、一ミリも心配していないように見えた。その様子は、ハウオウルとパルテックに安心感を与えた。ただ一人、クレイリーファラーズだけは、つまらなそうな表情を浮かべながら、小さく舌打ちをしていた。


◆ ◆ ◆


一方のノスヤは、別の部屋に案内されていた。場所は二階ということしかわからなかった。個別にお話ししたいことがあると武官に告げられて、てっきり彼はコンスタン将軍に呼ばれたものと解釈して、男の後を付いて行ったのだが、案内された部屋は薄暗く、しかもそこには、独特な香りが焚き込められていた。


全く馴染みのない香りに、少し頭がボーっとする。これは一体何だと思っていると、目が慣れてきたのか、部屋の全貌が見えてきた。


目の前にはテーブルが置かれていて、そこには香炉のようなものが置かれていて、二本の白い煙が上がっていた。その奥には天蓋付きのベッドが置かれていて、天蓋からは薄い白い布がベッドを覆っていて中身が伺い知れない様子となっていた。


「ノスヤ様、お待ちしておりました」


ふと、ベッドの中から女性の声が聞こえてきた……。

2023年最後の投稿となります。今年もお世話になりました。皆さまどうぞ良い新年をお迎えくださいませ。年明けはなるべく早くに再開予定です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今年も一年間、二つの作品を通して楽しませて頂きました。 本当に有難うございます。 来年も引き続き、追いかけさせて頂きます。 よろしくお願い致します。
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