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第三百五十話  アリア・テーゼふたたび

そんなやり取りがしばらくの間続く。そりゃそうだ。母親が誰で、父親が誰で、先祖は誰で何て説明をしていれば、長くなるというものだ。将軍側の紹介が相当長かったために、俺の方はごくあっさりとしたものにした。結果、こちらの紹介は五分もかからなかった。


一通りの紹介が終わると、将軍は一切表情を変えずにステージに向かって目配せをした。すると、楽隊が音楽を演奏し始めた。ヴァッシュが俺の腕を引っ張る。


「さ、ステージに行くわよ」


どうやらダンスを披露しなければならないようだ。なにやら目まぐるしいが、俺としては延々待たされるよりも、最初の方でサクッと踊って終わらせた方が、色んなプレッシャーを感じずに済むので、むしろありがたい配慮だ。


武官の一人が立ち上がってステージの裏に案内してくれる。男は俺たちが部屋に入ると一礼して、静かに扉を閉めた。


中には誰もおらず、高そうな椅子が四脚設えられているのと、その真ん中に小さなテーブルが置かれていた。驚いたことに、扉のある方向は一面鏡張りになっていて、まさにこの部屋は楽屋そのものと言えた。


俺が鏡張りの壁に見とれていると、ヴァッシュが前に回り込んできて、無言のまま抱きついた。香水でもつけているのだろうか。とてもいい香りがする。やはり彼女自身も緊張しているのだ。ここは俺が少しでもその緊張感から彼女を解放してやらねばと、やさしく彼女を抱きしめる。


「違う」


「え?」


ヴァッシュは俺の手を取ると、なにやらポーズのようなものをとらせた。


「二人別々の踊りが終わったところ。あなたは大振りに構えるけれど、脇を閉めて小さく構えて欲しいの。そうすれば、私の手を取りやすいし、私も次の踊りに行きやすいわ。今回はこれでいきましょう」


……一瞬でもエロいことを考えた自分を恥じる。何だったら、このままキスでもしようか、なんて思ってしまった自分が恥ずかしい。


俺はオホンと咳払いをして、ヴァッシュにわかった、と伝える。声が少し上ずってしまったが、心の中は読まれていないはずだ。


相変わらず外では曲が流れ続けている。後で知ったことだが、この曲はいわゆるもうすぐ開幕しますよ、と言う意味らしい。この曲が流れている間に、参加者はお手洗いに行ったり、お化粧やドレスを直したりするのだそうだ。楽屋のステージ側の壁には、クルリと回転する小さな板がはめ込まれていて、その部分だけ赤く色が塗られていた。それを回転させると、準備ができましたよと言う合図になる。指揮者はそれを見て、ダンス用の曲に変えるのだそうだ。最初、壁を押しているヴァッシュを見て、一体何をやっているのだろうと不思議に思ったが、そういう仕掛けがこの楽屋には施されていた。


舞台に出るタイミングを決めるのも演者の腕の見せどころで、早すぎてもダメだし、遅すぎてもなおいけない。会場の様子を窺いながら、一番いい頃合いを見てスタートさせなければならない。それが上手くいかないと、間の悪いヤツだと陰口を叩かれることになるらしい。それはリリレイス王国にも似たような仕来りがあるらしく、貴族というのはほとほと面倒な世界だなと改めて思った。


舞台ののぞき窓からじっと見つめていたヴァッシュがこちらを振り返った。そのとき、曲調が変わった。「アリア・テーゼ」だ。彼女はスタスタと俺の許にやって来ると、クルリと舞台に向き直り、シャンと背筋を正した。俺もそれに釣られて背筋を伸ばす。


ゆっくりと幕が開く。真っすぐに正面を向きながら舞台に向かって歩き出す。もちろん、ヴァッシュと歩調を合わせて歩く。万雷の拍手が客席から起こった……。


◆ ◆ ◆


悪くない出来栄えだった。むしろ、手ごたえがあった。ミスらしいミスはなかった。いわゆるノーミスというやつだ。自分でも集中していたのがよくわかった。前回はヴァッシュに引っ張られる形で踊ったが、今回は彼女とちゃんと向き合えて踊れた気がする。


ダンスが終わって客席に向けて一礼をする。再び大きな拍手が起こる。ヴァッシュを促してステージ奥に向かい、再び客席に向き直って一礼する。すぐに幕が閉まる。


「……どうだった?」


「……すっごくよかったわよ」


ヴァッシュが嬉しそうな表情を浮かべながら口を開いた。それを見て、嬉しさが込み上げてきた。ようやく彼女のレベルの近くまで来た。これまで練習した甲斐があった。俺は思わず彼女の手を握った。ヴァッシュも、その手を強く握り返してきた。


舞台の上では、俺たちが踊る前の曲が演奏されていた。楽屋を出ると、先ほどの武官が控えていて、俺たちを見るなり、「素晴らしかったです」と言って笑みを見せた。


彼の案内で再び席に戻る。メイドがすぐにやって来て、冷たい水を出してくれた。それを一気に喉に流し込む。美味い。あ……ちょっとこれはお行儀が悪かったか……。ふと、隣のヴァッシュに視線を向けると、彼女も遠慮しながらもグビグビと出された水を飲んでいた。その後ろではハウオウルとパルテックが優しい笑みを浮かべている。


「よい踊りであった」


不意に将軍が口を開いた。ありがとうございますと言おうとしたそのとき、将軍はさらに言葉を続けた。


「だが、あの踊りはいかん。あれは、いかん」


……え? 何で? どうして?

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