第三十五話 神のデザート
「たぁ~んランランタンラの実ぃ~♪ タ、タ、タ、タンラの実ぃ~♪ たぁ~んらぁ~♪」
クルクルとタンラの木の周りをまわりながら、ラジオ体操とロボットダンスを足して2で割ったような動きと不気味な歌で周囲をドン引きさせているのは、言うまでもなくクレイリーファラーズだ。
村長を説得してから一ヶ月。既に春も終わりに近づき、蒸し暑さを感じる季節になった。日本だともうすぐ梅雨入りになるのだろうが、この世界では果たして、梅雨などというものはあるのだろうか。そんなことを考えていた矢先に、クレイリーファラーズが突然、こんな振舞いをするようになったのだ。
彼女にしてみれば、タンラの実がなるのが楽しみで仕方がないらしい。早く実れという願いの表れがこの気持ちの悪いダンスと歌なのだという。恐ろしいのは、本人はその不気味さには気づいておらず、まるで天女が舞うかの如く、華麗に踊っていると思っていることだ。それを証拠に、俺が口をポカンと開けてその様子を見ていると、時おり、ドヤ顔を浮かべて俺に視線を送ってくるのだ。……イラっとする。
ただ、この天巫女にも恥じらいはあるようで、ヴィギトさんたち村の人が来ているときには、絶対にこれをやらない。俺と二人っきりのときでないと、この儀式は見られないのだ。
そんな祈りが天に通じたのか、それとも、嫌がらせ以外の何物でもないあの踊りと歌に天が屈服したのか、それから数日経って、タンラの木には無事に実がなった。
俺が夕食を持って帰ってくると、クレイリーファラーズが仁王立ちで、腕を組みながら気味の悪い笑みを浮かべながら待ってくれていた。
「遅かったですね」
「え? いや……? いつもと変わらないでしょ?」
「いいえ! 遅かったですよ!」
「ああ、そうですか」
俺の本能が全力でこの天巫女に関わるなという信号を出している。俺のこういった予感は大抵当たる。そのために俺は、出来るだけ彼女と距離を置こうと思ったのだ。しかし彼女はそれを許さなかった。
「ねえ、あなた。よろしければ、かわいい天巫女ちゃんと、あま~い時間を過ごしませんか?」
「え、ありがとうございます。間に合っています」
「そんなぁ~、せっかくですからっ!」
「結構です。夕食、食べましょうか」
「何なのですかっ!」
突然クレイリーファラーズが怒り出した。俺は彼女に負けないくらいのジトっとした目をしながら、彼女を見つめる。
「せっかく誘ってあげているのに! 察しが悪すぎますよ! そんなことで、世の中は生きていけませんよ!」
いきなり説教臭い話が始まる。俺はヤレヤレといった表情を浮かべながら彼女の話を聞く。
「せっかく、せっかくタンラの実がなったのに! 食べさせてあげませんよ!」
「おお! タンラの実がなったのですか!? どれどれ」
俺はいそいそと裏庭に出ようと勝手口に向かおうとする。そこに、クレファラーズがピシャリと言葉を放つ。
「行っても無駄です! もう、全部収穫していますから!」
振り返った俺を、彼女は勝ち誇ったように見つめている。
「全部、このテルヴィーニの中に入れています」
「ああ、そうですか。ではまた、夕食の後に……」
「あげませんっ!」
彼女はタンラの実が入っていると思われるテルヴィーニを小脇に抱え、俺にアカンベェをして見せた。惜しい。萌えキャラなら俺のハートは鷲づかみにされるところなのだが、全くそれはなかった。俺は努めて冷静に、彼女に対応する。
「ならば仕方ありませんね」
「え? タンラの実ですよ? 食べたくはないのですか!?」
「あいにく俺はタンラの実を食べたことはありません。一度でも食べていたら、もしかしたら泣いてお願いしたかもしれませんね。でも、俺はその味を知りません。なので、別に食べなくても何て言うことはありません。まあ、食べたいという思いはないわけではありません。でも、くれないんでしょ? なら、仕方ありません。その代り、俺も今後は一切、大学芋もふかし芋も作りません。食事のおかずも作りません。ええ、俺の分は作りますよ? お腹が減りますから。でも、あなたの分は自分で作って下さいね?」
「……そんなの、ズルいわ! おイモと食事を人質にするなんて!」
「前にも言いましたよね? ギブアンドテイクだと」
「卑怯者!」
俺は無言で彼女に向けて右手を差し出す。
「出せ。何も一人で全部食べようとは言いません。俺にも食べさせてください」
彼女はあきらめたように息を吐きながら、テーブルの上にタンラの実を広げた。
……それは、サクランボのような形をした果実だった。全体が金色に近い黄色で、ちょっと光沢がある。俺はそれを無造作に口の中に入れる。
確かに美味い。美味だ。濃厚なハチミツを想像してもらえればわかるだろうか。その中には種があり、吐き出してみると、以前見たことがある、緑色の種だった。
「甘い……そして、美味いですね」
俺は感心しながら口を開く。クレイリーファラーズはその様子を満足そうに眺めている。
「これは実がなったと同時に収穫しないと、すぐに鳥たちの餌になってしまいます。ただ、あれだけの大木です。木いっぱいに実がなりましたので、ものすごいことになっていました。それで早速、テルヴィーニを使って収穫したのです」
いかにも自分が必死で収穫したような口ぶりだが、実際はテルヴィーニを木に向けて取り込んだため、収穫はものの30秒もかからずに終わっているのだ。ただ、木全体が黄金に輝いていたようで、実に美しかったと、クレイリーファラーズは目をうっとりさせながら語っていた。それはちょっと見てみたかった気がする。
その後、俺たちは夕食の後、タンラの実を存分に堪能した。あまり食べすぎると太ったり、糖尿病になったりするのではないかと思ったが、むしろこの実は滋養強壮によいらしく、風邪などはこれを食べると大抵は治ってしまうほどなのだという。さすが、「神のデザート」と呼ばれている果実だ。
あまりの美味さに感動すら覚えた俺は、今後も継続して彼女が愛してやまないイモ料理を作ることを約束したのだった。今度は、スイートポテトに挑戦してみようか。
「あ、そういえば、タンラの実がなったら、村長に見せなきゃいけないんだっけ? どうしようか」
思い出さなくてもいいことを思い出してしまった俺の顔を、クレイリーファラーズは面倒くさそうな顔をして眺めていたが、やがて、吐き捨てるようにして口を開いた。
「3つほど分けてあげればいいでしょう」
「え? たった3つ? これだけ収穫しておいて?」
「そんなものでいいでしょう。たくさん取れたとわかると、あのタヌキは何を考えだすかわかりません。今回は初めてだけど、3つ取れました……そのくらいでちょうどいいのです」
「……お主もワルよのう」
「あなたにはとてもかないません」
「お互い様ですね」
そう言って俺たちはでひゃでひゃでひゃ、っとゲスい笑い声を漏らした。当然その顔は、恐ろしく悪い顔をしていたことは、言うまでもない。だが、その一方で、クレイリーファラーズが取りこぼした実の香りをかぎつけた生き物が、タンラの木の下に現れていた。そしてそれは、見つけたタンラの実を、一瞬で食べつくした。
「ゆーにゅ~うにゅにゅにゅ~」
闇の夜中、これまで聞いたことのない鳴き声が、こだましていた。




