第三百四十九話 ファインプレー
突然、大きな音で音楽が奏でられた。予想外の音に体が震える。見ると、ステージの後ろに吊るされていた幕が音楽に合わせてスルスルと上がっていくのが見えた。そこには、八人の演奏者と指揮者がいた。
なかなかポップなメロディーだ。何となく、これから楽しいことが始まることを予感させる曲調だ。
それが済むと、皆が一斉に立ち上がる。俺も慌てて立ち上がる。ヴァッシュは……すでに立ち上がっていた。ハウオウルもパルテックも立ち上がっている。ワオンはパルテックの腕の中だ。クレイリーファラーズは……座っている。その隣の武官たちも立ち上がっているので、この中で一人だけ座っている。キョロキョロと周囲を見廻して、あれ? みんなどうしちゃったの? と言わんばかりの表情を浮かべている。隣の武官が手で立ち上がるようにと促して、ようやく彼女は立ち上がった。きっと心の中で面倒くせぇなと思っている。いや、言わなくてもわかる。確実に、そう思っている。
クレイリーファラーズが立ち上がるのを待っていたかのように、再び曲が演奏される。すると、将軍以下、男たちは胸に手を当てて俯き、女性たちは両手を腹の前で組みながら俯くポーズを取った。ヴァッシュも同じだ。察するにこれは、インダーク帝国の国歌なのだろう。
この場合、俺はどうしたらよいのかと少し悩む。だが、ヴァッシュが俯いているので、俺も将軍たちと同じように胸に手を当てて俯く。ハウオウルは……俯いていない。ただ、平然と曲に耳を傾けているだけだ。彼は言わば両国とは関係のない人なので、これでいいのかもしれない。クレイリーファラーズも……ハウオウルと同じだ。こちらは……明らかにつまらなそうな表情を浮かべている。あ、あくびしている。あくびするんじゃないよ。まあ、退屈なのだな。
厳かな曲が終わると、皆一様に拍手をする。これは演奏している者たちに対するものなのか、それとも、帝国に対する称賛の拍手なのだろうか、そんなことを考えながら俺も一緒になって拍手をする。
「ノスヤ・ムロウス・ユーティン侯爵」
突然名前を呼ばれた。見ると、将軍夫婦以下、後ろに控える者たち全員が俺に注目をしている。そんな中、将軍が言葉を続ける。
「この度は我がインダーク帝国にようこそおいで下された。帝都に比べて町の規模も小さく、行き届かぬことも多いであろうが、ゆるりとお過ごしになられるとよい。帝国を代表して、このコンスタン・リヤン・インダーク、侯爵の訪問を心から歓迎する」
将軍の言葉が終わると、再び皆が拍手をする。さっきからずいぶん拍手をしているが、皆、手が痛くならないのだろうか、と不謹慎なことを考えてしまう。しばらくすると、拍手が止み、シンとした静寂が訪れる。どうやら俺が喋らなければならないらしい。
「あ……う……こっ、この度はお招きにあずかりまして……」
頭が真っ白になる。いきなりこんな人前で喋るなんて聞いていなかったから、何も考えてきていない。何を喋ってよいのか……。そのとき、ヴァッシュが俺に聞こえるくらいの小さな声で話しかけてきた。
「……かっ、感謝の念に堪えません。コンスタン将軍閣下をはじめとして、帝国内でも主だった方々にご臨席を賜りまして、恐懼の至りです。インダーク帝国とリリレイス王国に和平が訪れた今、両国の友好の証として、本日は大いに皆様と語り合いたいと存じます」
俺の言葉が言い終わるや、再び万雷の拍手が起こる。よかった……。ヴァッシュが小さな声でセリフを付けてくれたおかげで、恥をかかずに何とか乗り切れた。さすがだよヴァッシュ。ファインプレーだ! できることなら今すぐ抱きしめてお礼を言いたいところだ。
『つまんねぇの』
突然頭の中にクレイリーファラーズの声が響き渡る。彼女はさもつまらなさそうといった表情を浮かべながら、小さく頭を左右に振っている。
『もっと大きな声でセリフつけて! とか言えば面白かったのに~。小娘も固いことばかり言わないで、ダンナ違います。くらいのキレキレのセリフをブッ込めばいいのに。こんな緊張感のある場面で、領主が突然、ダンナ違いまぁ~すって叫べば、大爆笑だったのに。つまんねー。マジつまんねー』
……アホか。そんなことを言った日にゃ、ヘタをすれば再び両国が戦争になるわ。そんなことを考えながらポンコツ天巫女を睨む。
「では、紹介しよう」
将軍の声で我に帰る。見ると、将軍のすぐ後ろに、先ほどまでテーブルに腰かけていた夫婦が列を作って並んでいる。と同時に、ヴァッシュが俺の隣にやって来て、スッと腕を組んできた。それを見た将軍が、無表情のまま頷く。
「これに控えているのは、グラワサン・タリ・インダーク公爵夫婦である。皇帝陛下の五番目の子息、私の弟にあたる者だ」
紹介されたグラワサン公爵が無言のまま一礼する。そして、スタスタとその場を後にすると、自分の席に戻っていった。
「次に紹介するのは、先帝陛下の、第九王女の、嫁に行った先の四番目の子息で、生まれは第五夫人であるが、当主が早くに亡くなったこともあり、この家では男子はかの者だけであったことから、夫人の手元で養育して、家督を継承するに至った、レイアラン・ルファ・グレイダーク侯爵である」
……長いな。それはもう、従兄弟でいいんじゃないですか?
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