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第三百四十七話 ゲストルーム

青年は失礼します、と言って扉を開けた。そこには、椅子に腰かけたコンスタン将軍が座っていた。彼の前には大きな机が置かれていて、いかにも偉い人、と言った感じだった。彼は俺たちを見るとゆっくりと頷き、自らも立ち上がった。そして、右手を前に差し出した。その先には、ソファーと机が置かれていた。まさに応接室といった感じだ。


二つ並べられたソファーの前には机があり、さらにその前には長椅子が置かれている。これは、何かの動画で見たことがある。上座と下座というやつだ。これをミスると、会社では上司からの印象が悪くなると聞いた。ええと、どこが上座でどこが下座だ? 俺は客だから上座? いや、相手は総司令官だから俺は下座になるのか?


そんなことを考えて戸惑っている俺を尻目に、ヴァッシュは長椅子にフワリと腰を下ろした。ということは、俺は彼女の隣に座ればいいのだ。


俺が座るのと同時に、将軍も向かい側に座る。こうして見ると威圧感が半端ではない。


「この度は、本当に感謝するわ、お父様」


ヴァッシュが身を乗り出すようにして口を開く。そんな彼女を将軍はチラリと見ると、静かな口調で語りかけた。


「私はただ、紹介するだけだ」


「十分だわ」


何だろうな、この何とも言えない二人の絆は。たったこれだけの会話で、二人が信頼し合っているのがわかってしまった。親子と言うのはそういうものだろうか。少なくとも俺の両親にはそうしたものはなかったような気がする。単に俺が気付いていないだけかもしれないが。


そのとき、俺たちを案内してきた青年が近づいてきた。


「今夜は統監様をお迎えする宴を催します。それまではお部屋でお寛ぎください。つい先ほど、お連れのお方を乗せた馬車が到着しました。そちらの方々はすでにお部屋でお休みいただいております」


彼の言葉に将軍は無言で頷く。それが合図であったかのようにヴァッシュが立ち上がる。俺も慌てて立ち上がる。


「ダンスは踊るのか」


不意に将軍が話しかけてきた。俺は答えようと思ったが、ヴァッシュが先に口を開く。


「もちろんよ。お稽古もしっかりしてきたわ」


……別にそんなにみっちりやったわけじゃないけれどね、という言葉を飲み込む。彼女の顔は自信に満ちているように見えた。そんな彼女の顔を見た将軍は、ゆっくりと頷いた。


促されるままに俺たちは立ち上がり、執務室を後にした。面談時間僅か数分と言う短さだった。正直俺はホッとしていた。あれだけ口の重い人と長い時間を過ごす自信はなかった。


「ここから先はよく知っているから案内は結構だわ」


廊下を曲がったところでヴァッシュが声をかける。青年は承知しましたと言い、宴の時間が参りましたらお迎えに上がりますと言って、挙手の礼を取った。


「こっちよ」


促されるままに廊下を曲がる。左右には扉があって部屋になっているようだが、ヴァッシュは廊下の奥へと進む。そして、廊下が左右に分かれているところに来ると、右に曲がり、何のためらいもなく底にあった階段を上っていく。


「二階がプライベートルームになっているのよ」


そう言いながら彼女は階段を上る。そこには、ちょっとしたホテルのロビーのような内装になっており、床が石でできていた。すぐ前にはソファーがあり、そこにハウオウルらが腰かけていた。


「おお、ご領主。将軍へのご挨拶はもう、済んだのかの」


彼はそう言って笑顔を見せた。部屋はこの奥にあるらしい。普段はここには武装した兵士が警備に当たっているらしいのだが、今日はその姿は見えない。ヴァッシュ曰く、コンスタン将軍ができるだけ俺たちだけの空間にしようと心配りをしてくれたらしい。通常、外国のゲストを迎えるに際して、警備兵を置かないというのはかなり異例のことらしい。


部屋は合わせて五つあり、俺は一番奥の部屋を使わせてもらうことになった。入って見てびっくりしたのは、部屋の広さもさることながら、カーテンを開けると、町が一望できたことだ。その上、そこはガラス張りだった。こっちの世界に来てガラス窓と言うのは初めて見た。何となくだが、強度は強くなさそうで、簡単に割れてしまいそうな様子だった。とはいえ、これだけ大きなガラスを生産し、ここに設えるだけでも、インダーク帝国の国力と技術力は高いと見ていい。というより、この部屋は帝国の力を見せつけるという狙いもあるのだろう。


部屋に入って早々、ヴァッシュとパルテックは、ちょっと行ってくると言ってその場を後にしてしまった。パルテックは元々この館で働いていたらしく、彼女の同僚がたくさんいるのだそうで、その人たちに挨拶に行くとのことだった。ヴァッシュも幼い頃から馴染みのあるメイドや職員がいるようで、その人たちに会いに行くらしい。


慌ただしく部屋を後にする二人をハウオウルは笑顔で見送る。そして、俺の傍に来ると、彼は優しげな声で俺に話しかけてきた。


「のう、ご領主。一つ約束してくだされ。ここに居る間は、必ず誰かと行動を共にして、けっして一人では出歩かんようにしてくだされ」


「そうですね。この館もかなり広そうですので、一人だと迷子になっちゃいますね」


ハウオウルは満足げに頷く。だがこのときの俺は、彼の言葉の意味を全く理解していなかった……。

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