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第三百四十五話 いざ、インダークへ

結局、クレイリーファラーズは俺たちと一緒に朝食を囲んだ。どうやらヴァッシュが彼女を呼んだらしいのだ。そして、インダークへの旅にも同行してもらいたいとお願いしていた。


正直俺は、放っておけばいいと思った。別にひと月ふた月も留守にするわけではない。どれだけ長引いたとしても一週間だ。そのくらいはこのポンコツ天巫女でも何とかするだろう。だが、ヴァッシュはせっかくだから一緒に来てもらいましょうとだけ言って、涼しい顔をしていた。むろん、クレイリーファラーズは何も言わなかった。きっと腹の中では、ようやくわかってきたな、コイツくらいにしか思っていないに決まっているのだ。


朝食がすむと、早速用意した馬車に乗り込む。慌ただしい旅立ちだが、それもまた楽しというやつだ。ヴァッシュの膝にはワオンが乗っている。彼女も嬉しいのだろうか、ソワソワと首を左右に動かし、たまに羽をパタつかせている。


馬車は出発すると、すぐに村の関所を超えてインダーク帝国に入った。国が変わっても、景色が劇的に変わるわけではなく、空は青く、山々の木々は美しい緑色をたたえている。


ふと見ると、ヴァッシュの顔つきが変わっていた。何だか、とても嬉しそうだ。何となく、だが、彼女もまた、故郷であるインダークに帰りたかったのではないか。いや、きっとそうに違いない。結婚話を蹴って家出同然に俺の許にやって来た。実家には顔向けできなかった。だから、帰るに帰れなかった。


しかし、コンスタン将軍から招待を受けた。彼女は正々堂々と実家に帰れるのだ。嬉しくないはずはない。


ふと、俺の実家のことを考えた。もし、帰れるんだったら……。いや、俺は帰れない。親に合わせる顔がない。散々苦労と心配をかけたのだ。今更どの面を下げて帰れというのか。きっと両親は俺が死んでくれてホッとしているに違いない。


「どうしたのよ」


不意にヴァッシュから話しかけられてドキリとする。


「い、いや……。嬉しそうだなと思ってね」


「嬉しい……というより、懐かしいと思ったのよ」


「懐かしい?」


「この道を歩いてラッツ村に行ったのが、昨日のことのようだわ……」


そう言ってヴァッシュは遠くを見つめた。


「そう言えば聞いていなかったな。どうしてヴァッシュはラッツ村に行こうと思ったんだ? 俺に会いたいと言っていた気がするけれど」


「……そうね。鉄の女、ノーイッズ女史を追い返した領主様に会って、説得してもらおうと思ったのよ。今から考えれば、浅はかだったわ」


「説得?」


「ノーイッズ女史と対等に渡り合える人だっら、私の結婚を破談にすることくらいはできると考えたのよ」


「へぇぇぇ。それは、知らなかったなぁ」


「あのとき、あなたにお尻をぶたれたけれど、確かにものすごくショックだったし、痛かったけれど、逆にいい機会だと思ったのよ。手籠めにされたのなら結婚することはできないし、あなたと結婚の約束をしてしまえば、相手は私を諦めると思ったのよ」


「そうか……だから、あんなに必死だったのか」


これは後で知ることになるのだが、パルテックに伴われて実家に帰ったとき、継母であるリエザから、かなり罵られていた。これまで可愛がられていて懐いていた女性から、心無い言葉を浴びせられて、彼女の心はひどく傷ついた。リエザはリエザで借金で首が回らない状況の中、年が離れているとはいえ、大金を貰ったうえで名家の当主に嫁ぐことができて、ヴァッシュにとってもコンスタン将軍にとっても一石二鳥になると考えていた中で、彼女の行動は裏切りに映ったようだ。


「でも、結果的に、あなたと結婚することができて、本当によかったと思っているわ」


ヴァッシュは俺の目をじっと見つめながらそう言った。俺も無言で頷く。


「まあ、お金は人を変えると言うからね。借金の話が解決すれば、あのリエザさんだって昔の優しいお母様に戻ってくれるさ」


「……そうね」


ヴァッシュの表情は寂しそうだった。そのとき俺は、もう彼女とリエザの関係は元には戻らないのだと悟った。と同時に、何としてでも俺はこの女性を守るのだという強い覚悟を固めた。


それからしばらくヴァッシュは何も喋らず、ぼんやりと窓の外を眺めていた。俺も窓の外に視線を向ける。


相変わらず車窓からは太陽に照らされた美しい山の木々が見えている。そのときふと、馬車が先ほどからずっと下っていることに気がついた。しかも、道が右に曲がったり、左に曲がったりしている。ということは、もし、インダークがラッツ村を攻めようとしたときには、ずっとこの上り坂を進んでこなければならない。兵士たちの疲れもたまるだろうし、進軍速度も遅くなる。やはり、あのラッツ村はかなりよく考えられて作られているのだ。まさに攻めるに難く、守るに易い土地だ。


しかしながら、インダーク軍が全軍をもって攻めてきたら、あの村では食い止めることは難しい。それはおそらく、宰相もシーズも心得ているはずだ。ということは、あの村は捨て石ということになる。とにかくラッツ村で軍勢を引き付けるだけ引き付けて、王都の軍勢が整うのを待つという役割だ。もしこれが本当であるならば、その領主を任されたノスヤは哀れと言う外はない。家来たちが逃げたのも、それが原因かもしれない。


そんなことを考えていると、車窓の風景が変わり始めた。どうやら、インダークの町に降りてきたようだ。

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