第三百四十四話 ええっ? 明日?
俺の心を読んだのだろうか、ダマルはハッとした表情を浮かべると、両手を出して掌を見せた。
「いいえ、何も今からすぐ、と言うわけではございません。これは、私の言葉が足りませんでした。失礼しました。ただ……ドワーフは大変気まぐれな性格です。時間をおいてしまいますと、へそを曲げてしまうことにもなりかねません。畏れながら、今すぐに、とは申しませんが、少なくとも、二、三日中には我が国にお越しいただきたく、お願い申し上げます」
……どうしてこいつらはいつもこうして出し抜けなのだろうか。三日ということは、王都のシーズに使いを出して相談することすらできない。もしかして、俺にそれをさせないための計略だろうか、と疑ってみるが、こう言っては何だが、ダマルがそんなに頭の回るような人物には見えないし、あのコンスタン将軍も、そんなに策を弄するような人物には見えない。可能性があるとすれば、将軍の妻であるリエザだが……。
そこまで考えたとき、突然ヴァッシュが口を開いた。
「わかったわ。明日にでもインダークに向かうわ」
「え? ヴァッシュ……」
「さすがはお父様だわ。思った通りね。こんなにも早くドワーフを紹介してくださるなんて……。ダマル、ご苦労だけれども、今からお父様の許に帰って、明日には出立するからよろしくと伝えてくれないかしら」
「し……承知いたしました」
ダマルはそう言って立ち上がると、一礼して屋敷を出て行ってしまった。
「ヴァッシュ……いくら何でも……」
「あなたの言いたいことはわかるわ。でもね、ドワーフを紹介してもらえるチャンスはそうはないわ。それに、ドワーフは本当に気まぐれだから、気が変わらないうちに話をつけた方がいいと思うの。大丈夫、私たちの話は必ず彼らの興味を引くわ。だから、インダークへ行きましょう」
「う……」
「大丈夫よ。お父様が来いと言っているんだから大丈夫よ。あなたもわかるでしょ? お父様が卑怯なまねごとをすることは、絶対にないわ」
ヴアッシュの絶対に、という言葉には重みがあった。彼女の後ろでパルテックも大きく頷いている。俺はとりあえずハウオウルを呼ぶことにした。
「……先生、すみません」
「何の何の。何を謝ることがあろうか。儂は大丈夫じゃ。むしろ嬉しいですぞい」
疲れの色など微塵も出さずに彼は笑みを浮かべた。俺は先ほどのダマルの話を彼に聞かせる。ハウオウルの反応は予想していたものとは全く違うものだった。
「ほう、ドワーフが見つかったとな。さすがはコンスタン将軍じゃな。ご領主は知らぬかもしれぬが、ドワーフたちは基本的に高い技術力を持っておる。だが、それだけに、自尊心は高く、己の気に入った仕事しかしない者も多い。奥方の言われる通り、彼らの機嫌を損ねてしまうと、将軍の面子にも傷が付くことになる。ここはひとつ、将軍の誘いに乗ってみなされ。心配いらん。儂も付いて行くでな」
「本当に、いつもいつもすみません……」
「ご領主の行くところ、面白いことがよく起こるでな。儂の寿命も延びると言うものじゃよ」
そう言ってハウオウルは呵々大笑した。その笑顔は俺の不安をゆっくりと和らげてくれた。
インダークに行くと決まれば行動は速かった。すぐに荷造りに取り掛かり、その日の夜には出発の準備ができてしまった。まあ、コンスタン将軍の屋敷までは馬車で半日の距離だ、最短でいくと、明後日の夜にはここに帰って来られる計算だ。馬車もうまく荷台調達することができたし、レークやヴィヴィトさん夫婦は俺たちが出発してからは自由に休んでもらって構わないと伝えておく。クレイリーファラーズは……と考えていると、ヴァッシュとパルテックが何やら話し込んでいる。一体どうしたんだと近づいてみると、思わぬ言葉を聞かされる。
「……練習?」
聞けば、予定ではコンスタン将軍の屋敷に一泊することになるのだが、おそらく俺たちの歓迎会が開かれる可能性が高いのだと言う。と、なれば、俺たちはダンスを披露しなければならないそうで、時間はあまりないのだが、一度練習しておこうと言われてしまったのだ。
「ええ~何かイヤだなぁ」
「それはどういう意味かしら?」
「いや、別にヴァッシュと踊るのがイヤ、と言う意味ではないよ。しっかり練習していないダンスを見せるというのが……」
「だから少しの時間でも練習するの。それとも何かしら? 全く何もしないでもダンスが踊れる、とでも言うのかしら?」
「……やります」
その日は割と夜遅くまでダンスの練習に時間が割かれた。
翌朝は、前日の影響か、いつもより遅めの起床となった。いつも隣にいるはずのヴァッシュの姿はなかった。部屋を出てダイニングに向かうと、そこには朝食の準備をするヴァッシュとパルテックの姿があった。ワオンもそこにいた。朝食を心待ちにしているようだ。
「ああ、ゴメン。少し寝過ごしてしまったようだ」
「別にいいわよ。もうすぐ準備ができるから、先に顔を洗って来てちょうだい」
わかった、と席を立つ。ふと見ると、玄関に通じる扉が音もなく開き、そこからクレイリーファラーズが入ってきた。
……無言で人の家に入って来るんじゃないよ。
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