第三百四十三話 ダマル、再び
レークに案内されて俺の前に現れたのは、ダマルだった。彼は以前と変わらぬ丁寧なあいさつをして、再びお目にかかれてうれしいと言って笑みを浮かべた。
……何だろう。とても丁寧な言葉を使っているのに、何か腹立たしいのは。いや、そんなことを思ってはいけないのは十分にわかっている。わかっているのだが、何だか彼の行動の一つ一つが気に障るのだ。傲慢さと言うか、不遜な雰囲気と言うか、とにかく、何となくバカにされているような気がしてならないのだ。きっと、腹の中では俺のことをバカにしているのかもしれないな、などと考えながら彼に向き直る。
……いつの間にかクレイリーファラーズがダマルの背後にいた。一体いつこの屋敷に入ってきたのだろうか。全く持って油断のできない天巫女だ。おそらく、天巫女の能力を使ったのだろう。まったく、神様も中途半端なことをしたものだ。能力を最低限まで奪う、などと言わず、全部の能力を奪えばよかったのだ。あ、でも、全部の能力を奪ってしまえば、彼女はポンコツ天巫女ではなくなってしまい、ただのポンコツになってしまう。それはそれで可哀そうな気もしなくはない。とはいえ、俺が今、生きてこうしていられるのも、彼女の能力のお蔭であることは否めない。まあ、できないこと言っても仕方がないので、今は我慢することにする。……おいおい、ダマルの後ろでお尻ぺんぺんをするんじゃないよ。中指を立てない! アカンベーなんかするんじゃないよ。まったく、マジでこのダマルという男が嫌いなんだな。
こんなパントマイムを見せられて、隣のヴァッシュはさぞかし怒っているだろうと思って顔を見てみると、彼女は一切表情を崩さずに、じっとダマルに視線を向けていた。すげぇ。すげぇよ、ヴァッシュ。俺は君を尊敬するよ……。
「……どうかなさいましたか」
不意にダマルに話しかけられて、思わず体が震える。いや、あなたの後ろで、面白いパントマイムをやっていますよ、などとは言えるはずもなく、俺はオホンと咳払いをしながら、ゆっくりと口を開く。
「いえ……以前と少し雰囲気が変わられたなと思いまして」
ヴァッシュが不思議そうな表情を浮かべる。あなた、何を言っているのよ、と言わんばかりの顔だ。俺だってそんなことはわかっている。ただ……。何とかこの場を取り繕いたかっただけだ。
「左様ですか! さすがは統監殿であらせられます! そうなのです。実は、胸に勲章が増えたのです。この度私、コンスタン将軍閣下に長年お仕えした功績により、勿体なくも、勲七等の勲章をいただいたのです」
ダマルはそう言って胸を張った。よく見ると、彼の右胸のところに、小さなバッチが付いている。恐らくこれが勲七等の勲章なのだろう。
ダマルは喜色満面の笑みを浮かべながら、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、勲章を授与されるのがいかに大変か、そして、名誉なことであるのかを滔々と語った。クレイリーファラーズはしばらくの間、色々とパフォーマンスをしていたが、やがてそれも飽きたのか、最後にはただひたすらに親指を下に向けていた。イヤなら帰えりゃいいじゃないか。
さっするところ、このポンコツ天巫女は、コンスタン将軍についていたイケメン武官が来るのではないかと思ったのだろう。だが、屋敷に来てみて、その一縷の望みは見事に砕け散り、いたのがこのダマルだったというわけなのだろう。そんな中でも帰ろうとしないのは、イケメン武官が付いてきていないかと考えているからだ。しかし、先ほどからずっとダマルしかいない。イケメン武官は残念ながらお預けということだ。
うん、待てよ? 帰らないってことは、もしかしてこの話が終わるとオヤツをねだろうとしているんじゃないだろうな。……いや、その可能性が高そうだ。
「統監殿! いかがですか!」
ダマルに突然話しかけられて、再び体を震わせる。いかがですかと聞かれても、話を聞いていないので何が何だかわからない。思わずヴァッシュに視線を向けると、彼女はゆっくりと息を吐き出しながら口を開いた。
「統監様には、インダークの仕来りはおわかりにならないわ。でも、さすがはダマルね。コンスタン将軍の娘として、あなたの働きは誇りに思うわ」
「あ……ありがとうございます!」
ダマルはそう言って頭を下げた。よくわからないが、まあ、よかったということなのだろう。
「おっと……大事なことを忘れておりました。コンスタン将軍閣下よりお手紙を預かっております」
彼はそう言うと手に持っていた箱から、さも大事そうに一通の書簡を取り出して、俺に渡した。そこには、優秀なドワーフが見つかったと書かれてあった。さすがは将軍、仕事が早い。手紙をヴァッシュに見せると、彼女も嬉しそうな表情を浮かべた。
「将軍閣下のお知り合いにドワーフのお知り合いがいらしたそうです。ついては、将軍閣下のお屋敷でお引き合わせをしたいとのことで、統監様には恐れ入りますが、インダーク帝国にお越しいただきたく、私はその御迎えに上がった次第です」
お迎え? ……それって、今から行くってことか!?
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