第三十四話 おとぎ話
「領主様、これは一体、どういうことでしょうか?」
俺の前には無表情の村長の姿があった。そして、その後ろには、ほぼ村人全員じゃないかと思われるくらいの人々が集まっていた。その中には、ティーエン夫婦といった、知った顔も多くいる。
俺は頬をポリポリと掻きながら、言葉に窮する。まさか、タンラの実が食べたいがために、どこかの天巫女がアホみたいにペアチアトをかけ続けて、結果、見るも恐ろしげな巨木を作り出してしまったと言うわけにはいかない。さて、どうしようかと思っていると、村長がやけにはっきりした言い方で、口を開く。
「これだけ不気味な木……ひょっとして、この村に害をなす木ではありますまいか?」
その言葉に、集まった人々がざわつく。皆、不安そうな顔をしている。
「いえ、そうではない、と思うのですが」
「ほう、では、その理由を承りましょう。つい昨日まではこんなものはありませんでした。一夜にしてこれが出現した理由と、それが村人に害をなすものではないという理由をお聞かせ願いましょうか」
「この木は、昨日の夜に出現したのです」
「昨日の夜?」
「ええ。結構大きな地震ありませんでした? ……なかった? 夜寝ているときに家が揺れませんでした? ……記憶にない? ウチの屋敷は結構、結構どころかかなり揺れたのですよ。縦揺れですよ、縦揺れ。……まあ、それはどうでもいいです。とにかく屋敷が揺れて、慌てて外に飛び出したのです。すると、最初は細くて黒い木だったのが、どんどん伸びていって、太くなっていって、こんな、黒くて、太くて、固いものが出来上がったのです」
……自分のコミュ力のなさを痛感する。もっと、あの衝撃を言葉で伝えられないものだろうか。あの衝撃がほとんど村人たちに伝わっていない。それを証拠に、全員がポカンとした顔をしている。村長に至っては、何言ってんだ、コイツ? という表情を浮かべている。まあ、これはいつものことだから、別にどうでもいいのだが。
俺は頬を掻きながら、必死で言葉を探す。そのとき、俺の背後から、突然声が上がった。クレイリーファラーズだ。
「あの木は、タンラの木です」
彼女はドヤ顔で、堂々と言い切っている。あれ? いいの? そうか、よく考えれば、何も悪いことをしているわけではない。この木のあまりの不気味さに、ちょっと気後れしていたが、別名「神のデザート」と呼ばれる希少種なのだ。俺たちがこの木を育てたんだ、と胸を張っていい切っていいのだ。しかし、村長は冷静に彼女の話に、言葉を返す。
「タンラの木と仰いましたが、タンラの木は温暖な地域で育つ希少種です。このような場所に育つとは思えませんが? それに、タンラの木は赤茶色で、男性の背丈ほどの高さだと聞いています。この木は、そのどれもに当てはまりませんが?」
俺は思わず、ううっと唸る。そんな様子を一切気にしないクレイリーファラーズは、冷静に対応する。
「ええ。一般的にはその通りですね。しかし、これは一般的なタンラの木ではありません」
「どういうことでしょう?」
「神が与え給うた、タンラの木なのです」
姉ちゃん、どこからそんな話が出てくるんじゃ、という言葉を必死で飲みこむ。村人たちは、神が与えた木という言葉を聞いて騒然としている。そんな中、クレイリーファラーズは、声を張って、堂々と口を開いた。
「この大きさ、この色! 通常では考えられない場所に生えている。確かに、これがタンラの木であるとは思えないでしょう。しかしこれは、古来の伝承に出てくるタンラの木に間違いありません。従って、安心していただいて構いません。むしろ、神からの賜りものです。皆で、大切に慈しめばよいのです」
「お待ちください!」
村長が鋭い目つきで口を開いている。彼は俺とクレイリーファラーズに交互に視線を向けながら、厳しい口調で話しかけてきた。
「その伝承というのは、どのようなものでしょうか? 私は全く存じませんし、村人の中にもそのようなことを知る者は……」
そこまで言って彼は、後ろに控えている村人たちを見廻す。その視線に目を合わせるものはなく、皆、一様に目を伏せていく。それを確認した彼は、再び俺たちに向き直り、さらに言葉を続ける。
「村の者も、そのような伝承は知らないようです。生憎と私は、このような田舎暮らしの身。あまり学もございません。よろしければ、その伝承をお聞かせいただけますか?」
「……」
クレイリーファラーズは、すました顔で立っている。さあ、どんな伝承を語って聞かせるのか、俺も固唾を呑んで見守る。すると彼女は、ゆっくりと視線を俺に向け、微笑む。そして、視線を尊重に向けて、穏やかな声で、語りかける。
「それにつきましては、我が領主さまに、今からお話しいただきます」
……お前、今、何言った? おい、俺を見てんじゃねぇよ。何、その笑顔? 待て待て! あれ? 何? 皆さん、どうして僕を見ているんですか? やだな……ええ? そんな……うそぉ。
『この間話してくれた、森の神様と大木の話をしていただければいいのですよ』
突然、クレイリーファラーズの声が頭の中に響き渡る。
森の神様と大木といえば、あの話しかない。そう、あれしか俺は知らない。子供の頃から何度となく見た、あの話。親にDVDを買って貰って、何度も見た、あの話だ。俺は、オホンと咳払いをして、ゆっくりと口を開く。
「あの……これは、お爺さん、そう、お爺さんから聞いた話なのですが……。昔ね、小さな女の子の姉妹がいたのです。その姉妹が森で遊んでいたら、大きな、そう、こーんなに大きな妖精? いや、神様ですね。森の神様。森の神様に出会うのですよ。彼女たちはその神様から木の実をもらいました。それを地面に植えたのですが、なかなか芽が出ない。どうしてだろうと思っていると、その森の神様が現れて、不思議な力で、たちまち木の実を真っ黒な巨木に変えたのです」
そこまで言うと、突然クレイリーファラーズが、話に割って入ってきた。
「そこになったのが、タンラの実なのです。元々は、黒い巨木だったのですが、人間たちがその恩恵にあずかり続けた結果、木の幹は細く、低くなり、そして、色も黒から赤茶色になったのです。あの木は、まさに伝承にあるタンラの木。皆さん、喜びましょう。この地は、神の加護を受けたのです。きっとこれから豊作続きになるでしょう。よかったですね、皆さん!」
自信満々にいい切るクレイリーファラーズ。その様子に、村の人々は顔を見合わせながら頷いている。どうやら、ハッタリが功を奏しているようだ。
「領主さまがそこまで言われるのであれば、仕方がありません。ただ、もし、タンラの実がなりましたら、一度、私にも見せていただきたくお願いいたします」
村長はそう言って、村人と共に帰っていった。
彼は一瞬、この木のことを子爵家に報告しようと考えた。だが、領主の家庭教師が自信満々にあれはタンラの木であると言い切った。もし、あれが本当にタンラの木であり、そこに実がなった場合、それが子爵家に知られれば、その実の全ては王都に運ばれてしまうだろう。それでは、村長たる自分には何の旨味もなくなる。で、あれば、あの木の実が本当にタンラの実であるかどうかを確認して、偽物であった場合に王都に報告すればよいのだ、そんなことを考えていた。あの木に本物のタンラの実がなった場合は……。彼は満面の笑みを浮かべて、そのときの対策を考える。それは、彼の野望の達成を大きく進めるものでもあったのだ。
そんなことは露知らないノスヤとクレイリーファラーズは、安心したように、屋敷に帰るのだった。
 




