第三百三十九話 借金
リエザは将軍に真っすぐな視線を向けている。だが彼は妻を一瞥すると、スタスタと玄関に向かって歩いて行った。後ろで控えていた武官たちがオロオロしている。彼らはダマル一人を残して、将軍を追いかけていった。
何故かクレイリーファラーズが悔しがっている。確かに、追いかけていった武官はイケメンたちだったが、それはそれで、色んな意味で失礼というものだ。
リエザはしばらくの間、将軍が出て行った扉をじっと見つめていたが、やがて、大きなため息をついた。
「お義母様、どうしたのよ?」
ヴァッシュが口を開く。その彼女にリエザは寂しそうに笑った。
「もしかして、お金の話かしら」
ヴァッシュがズバッと言い切った。その言葉にリエザは一切表情を変えなかった。そして、ゆっくりと頷いた。
「どうしてお金が必要なのかしら?」
「とても言いにくい話なのだけれど……」
リエザはそう言って話を始めた。その原因はヴァッシュだった。彼女が元々嫁ぐ予定であった家から、多大な賠償金を請求されてしまい、それを借金で補ってしまったために、コンスタン将軍家の財政は今、火の車なのだと言う。
ただし、この村への訪問は借金の申し込みではなく、ヴァッシュの様子を見に来ることが第一であったとリエザは補足した。コンスタン将軍は以前からずっと、娘の様子を心配し続けていたらしい。むろん、ヴァッシュの様子は、パルテックが折に触れて送る手紙の中で報告されていたし、ヴァッシュ自身も、自ら実家に手紙を送って近況を報告していたのだが、やはり父親としては、娘とその嫁ぎ先を確認しておきたかったのだそうだ。
リエザの話を聞きながら、ヴァッシュは口を真一文字に結んでいる。悔しいのか、申し訳ないのか、その感情はわからないが、いずれにせよ、マイナスの感情を胸に秘めているのは間違いないようだ。
……結局、いくら足りないんだと聞きたかった。実際のところ、テルヴィーニに金貨が入っているので、言うならば金に関しては無尽蔵だ。ただ、恐らく彼女が懸念しているのは、一旦金を貸してしまえば、そこから無制限に借金を申し込まれることだ。あの将軍がそんなことをするとは思えないし、この、目の前に座るリエザも、俺の目から見ると、そんなことをする人には思えない。だが、ヴァッシュは相変わらず黙ったままだ。
……クレイリーファラーズが俺を見ている。そして、小さく首を左右に振った。
『借金があるのなら、まずは自分たちの持ち物をすべて売るなり何なりして吐き出してから来いと言えばいいのですよ。こんなババアにお金をやる必要はありませんよ』
おお、彼女にしてみれば、割かしまともな話をするじゃないか。そんなことを思っていたそのとき、彼女はさらに言葉を続けた。
『その代り、あの武官の二人……イケメンだわぁ。あの二人をこの屋敷に貰えるのであれば、お金を貸してやると言えばいいのです』
一体何を言い出すんだこの天巫女は。アホなのはわかっていたが、それを完全に振り切っている。イケメン武官を二人もこの屋敷に来させるなど迷惑もいいところだ。察するに、この二人の武官をあの天巫女は傍に置きたいのだろう。頭の中がお花畑になっているようだ。
「失礼ですが、いかほどのお金が必要になりますか」
俺が突然喋り出したので、リエザもヴァッシュも驚いている。こんな話は早く終わらせるのに限る。一回は貸してやるが、二回目以降は断ればいいのだ。
「待って」
ヴァッシュが俺に視線を向けながら口を開いた。リエザが一体何を言い出すのだという表情を浮かべている。
「お義母様、どのくらいのお金が必要なの?」
「……できれば、金貨、百枚くらい、ね」
……日本円にして一億円という金額だ。このラッツ村の一年間の収穫で得られる金額だ。まあ、払えなくはない。というか、俺なら余裕で払えてしまう金額だ。
「用意できないことはないけれど、条件があるわ」
「条件……。何かしら」
「優秀なドワーフを紹介して欲しいの」
「ドワーフ?」
「そうよ。この村の隣に、エイビーという町があるの。その地下にニーロ・フートリー帯という硬い岩盤があるのよ。それを砕ける技術を持った者が必要なの。そうした技術が一番優れているのはドワーフだわ。お父様の関係の中で、心当りはないかしら?」
「それは……何とかなるとは思うけれど……。その……岩盤を砕いて、何をしようとしているの?」
「その岩盤の下には金脈があるらしいのよ。岩盤を砕いて金を堀り出して精製するのに、それなりの技術者が必要になるのよ。であれば、一番技術力の高いドワーフを紹介してもらうのが手っ取り早いと思ったのよ」
「金!? それは、確かな情報なの!?」
「確かよ。昔から金があることはわかっていたらしいけれど、硬い岩盤のために掘り出せなかったのよ。その金を掘り出せれば、金貨百枚を用意するのは、問題ないと思うわ」
「わ、わかったわ。ちょっと、ちょっと御免下さいませ」
リエザは立ち上がると、足早に玄関に向かって行った。




