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第三百三十八話 無言の食事

お腹がゴロゴロと鳴っている。これは、ヤバイ状況になるんじゃないのか。今のところは何ともないが、俺にはわかる。これは、このまま放っておくと、一気に土俵際まで追い込まれるやつだ。相手は……横綱クラスかもしれない。立ち合いから一瞬にして寄り切られるパターンだ。……何を言っているんだろう、俺。ともあれ、このままではマズイ状況だ。


そんな俺を察してか、コンスタン将軍がゆっくりと口を開いた。


「娘・ヴァシュロンが結婚を決めた相手である。もとより、反対の意思はない」


そう言うと彼はヴァッシュに視線を向けた。


「……娘が自ら掴み取った結婚である。幸せになるであろう」


その言葉に、ヴァッシュはゆっくりと頭を下げた。


何となく、だが、コンスタン将軍は本当にヴァッシュを愛しているのだろうな、というのが伝わってきた。そして、ヴァッシュも、この無口な父親を心底愛しているのだろうというのがわかった。これまで俺は彼女に対する愛情ならば誰にも負けないと自負してきたが、その自信は脆くも崩れ去った。この父娘の絆と愛情は、おそらく誰にも太刀打ちできないだろう。


では、なぜこの父親は、ヴァッシュを望まぬ相手と結婚させようとしたのか。そんな疑問が湧き上がってくる。確か彼女は、ロリコン貴族に虐待されて死んでしまう運命にあった。そんな野郎にどうして結婚をさせようと思ったのか……。聞いてみたいが、さすがにそんなことはこの場では言い出せない。


将軍はゆっくりと屋敷を見廻している。ヴァッシュはじっとその父を眺めている。何だか、そんなことを考えていること自体が野暮に思えた。きっと、この父親は娘を嫁にはやりたくなかったに違いない。断るに断れぬ状況にあったのかもしれない。この父娘の様子を見ていると、その中に割って入ることが、いけないことのように思えてきた。


「食事を用意します。しばらくお待ちください」


そう言って俺は席を立ち、キッチンに向かう。将軍は意外そうな表情を浮かべたが、何も言わなかった。パルテックが目で、あとはお任せ下さいと言っているような気がしたので、頷いてキッチンに向かう。


あらかじめ用意してあった卵を取り出し、フライパンを竈にかける。すでに火は起こしてある。もう一つの竈には、あらかじめ作っておいたカボチャのスープが入った鍋をかけている。フライパンに油を引いて、そこに溶いた卵を入れる。そうやってオムレツを手早く四つ作った。そして、それを将軍の許に持っていく。


そこではパルテックとリエザが朗らかに会話を交わしていた。パルテックは俺に気がつくと、スッとその場を離れた。


「お口に合うかどうかはわかりませんが、どうぞ」


そう言ってテーブルにオムレツを並べていく。その後からパルテックがサラダとスープを、さらにはハウオウルがバスケットに入ったパンを持って来てくれて、テーブルに並べてくれる。俺は恐縮しながら礼を言う。そんな様子をリエザは目を丸くして眺めていた。


「これは……統監様自らお作りになられたのですか?」


「彼は自分で料理をするのよ。下手なコックより、美味しい料理を作るのよ。あ、でも、パンとスープはこの村の職人が作ったのよ」


そう言ってヴァッシュは朗らかな笑みを浮かべる。リエザは明らかに戸惑っていた。食べていいものかどうかを測りかねているようだ。そのとき、将軍がナイフとフォークを手に取り、無言のまま俺が作ったオムレツに手を伸ばした。


「……」


一口サイズに切り分けたオムレツを口に運ぶと、彼はゆっくりと二度、頷いた。美味いとも不味いとも言わなかったが、淡々とそれを口の中に運んでいるところを見ると、まあ、不味くはなさそうだ。


隣の夫の様子を見て、リエザもナイフとフォークを手に取って、オムレツに手を伸ばした。さすがに上級の貴族だけあって、二人ともその振る舞いが洗練されている。何にも意識せずに、これだけの優雅な振る舞いができる二人を、俺は正直、羨ましいと思った。


「……初めて食べる料理だわ」


リエザが思わずそう呟く。別に卵を焼く料理など珍しくはないだろうにと思っていると、ワオンがパルテックの腕から飛び降りてきて、俺の許にやって来た。


「きゅ~」


「ん? ああ、ワオンも食べたいのか。いいよ、お食べ」


そう言って俺の前にあった皿をワオンの前に置いてやる。彼女は尻尾を振りながらそれにかぶりついた。その様子を、将軍は相変わらずの無表情のまま、リエザは驚きの表情、そして、ヴァッシュは笑みを浮かべながらという、三者三様で見守っていた。


「に……人間の作った料理を、ドラゴンが食べるとは、初めて聞きましたわ」


リエザが誰に言うともなく呟く。後で聞いた話だが、ドラゴンは基本的に野生の餌を好む。大体、仔竜を育てるときは狩りに出て餌を取ってくるのだという。


コンスタン将軍夫婦は相変わらず無言のまま料理を口に運ぶ。そして、あっという間に完食してしまった。


「……結構なお料理でございました。美味しゅうございました」


リエザはそう言って頭を下げた。将軍もゆっくりと頷いた。


ややあって将軍がゆっくりと立ち上がった。そのとき、リエザが口を開いた。


「あなた、統監様にお願いは、よろしいのですか」


……お願い? 何だ?

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