第三百三十七話 毒舌? 皮肉?
「そう言えばご領主、この屋敷にはタンラの木がある。それを将軍にご覧いただいたらどうじゃ」
不意にハウオウルが口を開く。この重苦しい空気を察して、何とかこの場を和ませようとしてくれているのだ。その気遣いがありがたかった。だが、二人は今、ソファーに腰を下ろしたところだ。それをもう一度立ってタンラの木を見に行こうとはさすがに言えなかった。
「そうだわ。タンラの木があるのよね。ぜひ見たいわ」
リエザが明るい顔をして口を開く。それから彼女は、タンラの木がいかに生育するのが難しいのか、その実がどれほど美味しいのかを、淀みなく滔々と語った。よくあれだけの言葉を、息継ぎもなしで語れるものだなと、俺は変に感心しながら見ていた。
「ほら、あなたも何か仰いましな」
ここに来て一言も発しない将軍にじれたのか、リエザは隣に座る夫に視線を向けながら口を開いた。だが、将軍は少しリエザを一瞥しただけで、再び視線を俺に戻した。そうやって無言で見つめられると、マジでプレッシャーなんだ。止めてもらいたいのだが……。
「本当に申しわけございません」
リエザはそう言って笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
「お屋敷ではもう少し喋るのですが、外ではほとんど喋りませんの。特に初めてお会いする方に対しては口が重くてらっしゃいますの。それではいけませんと常日頃から申しているのですがなかなか……。それで私が常日頃お側に侍りまして、通じしておりますの。ただ、無口な夫とおしゃべりな私が組み合わさっておりますので、色々なお方から良い夫婦だと言っていただいております。オホホホホ」
リエザの笑い声に、俺も笑みを浮かべてみたが、完全に苦虫を噛み潰したような笑いになっているのが自分でもわかる。
「でっ、では、先にご覧になりますか、タンラの木を?」
「先に見せていただきましょう、ね、あなた」
そう言ってリエザは立ち上がった。その彼女に促されるように将軍も立ち上がる。表情は一切変わらないので、この流れをどう感じているかはわからないが、俺だったら、また立たせるのかい、と心の中で突っ込みを入れているので、おそらく同じ思いを抱いていると思っていいだろう。
裏の勝手口を開けて、二人を案内する。リエザはタンラの木を目の前にして、驚きの声を上げた。
「まあーまさにうわさに聞いたタンラの木! 馬車から見ましたが、まさかこれほど大きいとは思いもよりませんでしたわ。あそこに神のデザート、タンラの実がなるのですね」
「お見えになる前に収穫しておきました。後でどうぞ、召し上がって下さい」
「まあ、さすがは統監様でいらっしゃいますこと。ありがたく頂戴いたしますわ」
タンラの実が貰えると聞いて気を良くしたのか、リエザは眼下に広がるラッツ村を見て、その景色の美しさをしきりに褒めた。相変わらずよく喋るなと思いながら彼女の話を聞いていると、不意にコンスタン将軍がオホンと咳払いをした。
「いくらこの景色を褒めたとて、この景色が貰えるわけではないのだぞ」
将軍の言葉に、リエザはハッとした表情を浮かべた。きっと俺も同じ表情をしていたはずだ。この将軍は毒舌というか皮肉というか、ドキッとするようなことを言う。
そんな将軍が俺に視線を向けている。もう中に入ろうと言っているようだ。そう感じた俺は、皆に一旦屋敷の中に入りましょうと声をかけた。
再び元居た場所に皆が席に着いた。
「本日参ったのは、ただ、娘の結婚相手を見たい、と思ったからである」
出し抜けに将軍が口を開いた。予想もしていなかった出来事に俺は反応することができず、ポカンと口を開けて将軍を眺めているだけだった。この将軍の発言はリエザにとっても意外であったらしく、彼女も驚いた表情で夫を眺めていた。
「父親が娘の結婚相手を見たい、と思うのは、どの父親でも同じ思いであろうし、正式に挨拶を交わそうとしていただけなのだが……。何故こうも大仰に物事を運ぼうとするのか、私にはわかりかねる」
……いや、それはお前がしゃべらんからや、という言葉を飲み込む。確かに、彼の発言を待たずに、色々と事を進めてしまったのかもしれない。今の彼の言葉を額面通りに受け取れば、単に娘の婿を見に来ただけのようだ。確かに、お父さん、私結婚したの、ああそうですかというだけでは済まないのは、よくわかる。俺は立ち上がり、スッと姿勢を正して、彼に向かって口を開く。
「ご挨拶が遅れまして、申し訳ありませんでした。ヴァシュロンさんと結婚しました。ノスヤ・ムロウス・ユーティンです。必ず彼女を幸せにしますので、今後ともよろしくお願いいたします」
必ず幸せにするという言葉に、ヴァッシュがピクリと体を震わせた。俺は胸に手を当てて貴族式の挨拶をする。すると、将軍がゆっくりと立ち上がった。
「……」
相変わらずじっと俺の目を見つめたまま黙っている。何だか値踏みされているようでもあるし、怒りを向けられているかのようでもある。ああ、苦手だ。お腹が痛くなってきた……。




