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第三百三十五話 黒子?

それから五日後、ラッツ村の外れにある、インダーク帝国との国境を一台の馬車が通過した。言うまでもなく、コンスタン将軍が乗った馬車だ。事前の通告通り、兵士などは付けず、一台の馬車だけを伴っての越境だった。


その頃ノスヤは、その彼らを迎えるための昼食づくりに精を出していた。


「やっぱりオムレツは食べる直前に作った方がいいかな?」


その彼を妻のヴァッシュは呆れた眼差しで眺めている。


「先に作っておいた方がいいんじゃない?」


「でも、冷めちゃうよ」


「きっとお父様たちは食べないと思うわ。そうなると場が白けてしまわないかしら」


「食べない食べないって言うけれど、お腹すいているんじゃないのか? 途中でよってどこかで食べてくるのも難しいだろう?」


「一食ぐらい食べなくてもどうってことはないわ」


「フォフォフォ。奥方、ご領主の好きなようにさせてやりなされ」


この日のために早めに屋敷にやって来たハウオウルが、顎髭を撫でながら目じりに皺を刻みながら話しかける。その様子をパルテックも笑顔を浮かべながら眺めている。


「とりあえず、コンスタン将軍の意向を聞く。いらないならいらないで、作る必要はなくなるし、いるならいるで作る。だから、いつでも作ることができるように、準備だけはしておく」


ノスヤはそう言って再びキッチンに消えた。


「……よい旦那様じゃな」


ハウオウルが誰に言うつもなく呟く。そこの言葉に、ヴァッシュは何も言わなかった。


「よし、準備完了! いつでも来いってんだ」


しばらくすると、ノスヤがそんな言葉を呟きながらダイニングに現れた。彼自身、妻の父に会うことに少し緊張しているようだ。一方でヴァッシュは特に緊張している様子はなかった。彼女は単に顔合わせが住めば両親はすぐに戻るだろうと考えていたのだ。


そのとき、扉が開いた。全員の視線が扉に注目する。一体誰だろうか。コンスタン将軍ならば外から案内を乞う声が聞こえてくるであろうし、それ以外では、この屋敷にやって来る者はいないはずだし、黙って扉を開ける者など、見当もつかなかった。


現れたのはクレイリーファラーズだった。彼女は何故か、黒い衣装に身を包んでいる。そして、何のためらいもなく、ソファーに腰を掛けた。


「……おい、ちょっと」


ノスヤが問いかけるが、クレイリーファラーズはすましたまま、何も答えない。


「お……お嬢ちゃん、どうした?」


彼女のすぐ向かいに腰を掛けているハウオウルが問いかけるが、一切口を開こうとしない。


「あのなぁ。いい加減にしろよ。部屋にいるんじゃなかったのかよ」


『黒子です』


ノスヤの頭の中に彼女の声が響き渡った。一体何事かと、ノスヤはさらに彼女を睨みつける。


『今の私は黒子です。黒子は見えない約束というのが歌舞伎の約束事でしょ?』


「ここは歌舞伎座じゃねぇ。てゆうか、そんなの誰もわからないだろうが!」


ノスヤの言葉が予想外だったため、ハウオウルたちは目を白黒させている。


『ちょっと忘れていたのです』


「何ぃ?」


『コンスタン将軍には武官が付き従っていると聞きました。てっきりこの間来たあのぶ男が来るのかと思っていましたが、アイツ意外にも何人か連れてくるというじゃないですか。ということは、イケメンが来る可能性が高い! フェルディナントに……』


「ちょっと何をするんです!」


クレイリーファラーズの言葉を聞き終わる前に、ノスヤは彼女の首根っこを掴んで、外に放り出そうとしていた。


「バカ野郎。つまらない理由で来るんじゃねぇ! 大人しく部屋で待っていろ!」


「ちょっとやめて、セクハラです! ほら、お昼……お昼の……」


「出て行け」


ノスヤはそう言いながら玄関の扉を勢いよく開けた。そこには何と、二台の馬車が停まっており、その一台から、軍服に身を包んだ銀髪の男が降りてくるのが見えた。その周囲には、同じように軍服を着用した三人の男が直立不動の姿勢を取っていた。


銀髪をきれいにオールバックにまとめた男が、ゆっくりとこちらに視線を向ける。顔に斜めの傷が入っている。そのせいか、迫力が尋常ではない。軍服には金のモールが付けられていると同時に、多くの勲章も着けられていた。それらがこの男をさらに気品を持たせていた。


「まあ、やっと着きましたか。なかなか時間のかかることですわね」


男の後ろから女性が降りてきた。薄紫のドレスを着て、いかにも貴婦人と言わんばかりの格好と風貌だ。どうやらこの二人がヴァッシュの両親らしい。


男はノスヤにじっと視線を向けたままだ。こちらから挨拶をしようかと思ったそのとき、女性が声を上げた。


「まあ、あなた様がノスヤ・ムロウス・ユーティン侯爵様でしょうか? お初にお目にかかりますわ。私は、ヴァシュロン・リヤン・コンスタンの妻、リエザと申します」


女性はそう言ってノスヤの前にスッと膝を折り、貴族式の挨拶をした。


「まあまあ。侯爵様自らお出迎えとは恐れ入ります。先日、私共に仕えますダマルが取り次ぎましたお話しの内、承りまして罷り越しましてございます。この度はわざわざのおいで、痛み入ります。この度は私共のわがままをお聞きいただき、この上の喜びはございません。どうぞこの先もよしなによろしくお願い申し上げます」


とんでもない早口で女性はまくし立てた。それを聞きながらノスヤは心の中で呟いた。


……徹子、か。

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