第三百三十四話 みようか?
クレイリーファラーズは、ソファーにふんぞり返りながら足を組もうとして……やめた。足が太くなりすぎて組めないようだ。思えば、出会った頃は足を組み、腕を組みながらジトッとした目で睨みつけてきたものだが、今はそれができない。ぱっと見は以前と変わらない風貌だが、下半身がかなり太くなったようだ。足腰が鍛えられた……というわけではなさそうだ。あの頃のクレイリーファラーズが懐かしい……とも思わないな。
俺がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、彼女は足をピタリと合わせ、スカートを直しながら俺に向かって話しかけてきた。
「で、誰です? さっきの野郎は」
仕方なく、ヴァッシュの実家からの使者であることと、その両親が俺に会いに来るのだと伝える。
「へえ~。インダーク帝国軍の総司令官が自ら、お忍びでここにやって来る? 変わったことをしますね。察するところ、あなたがこの、西キョウス地区の統監になったお祝いに来る、という口実で、その実はあなたのことを値踏みしようとしている、というところですか」
「お父様はそんな人じゃないわ」
クレイリーファラーズの言葉を、ヴァッシュが若干食い気味に否定した。二人はしばらくの間黙って見つめ合っている。……何か、怖い。
「ま、いいんじゃないですか? ……私は同席した方がいいですか?」
「いや、その日はハウオウル先生が同席してくれることになっている」
「わかりました。何かあれば呼んでください。私は部屋にいますから」
「ああ。わかった」
いつになくあっさりと話が終わって、ちょっと拍子抜けがした。いつものクレイリーファラーズならば、朝食はどうなるのだ、昼食は、オヤツは、と矢継ぎ早に質問が飛んでくるのだが、今日はそうしたことは一切なかった。まあ、彼女にはヴァーロを持たせてあるので、飢えることはないし、最悪、ウォーリアたちに頼んで面倒を見てもらうことだってできるので、そんな心配をする必要は、本来はないのだが。
彼女は、よっこらしょと言って立ち上がる。そして、扉の前まで歩いていくと、ピクリと体を震わせたかと思うと、クルリとこちらを振り返った。
「……みましょうか」
「えっ? なに?」
言葉の意味がわからず、戸惑う。そんな俺に彼女はさらに言葉を続ける。
「だから、みなくて大丈夫ですかと聞いているのです。みた方がよくないですか?」
「ううん? ……あ、ワオン? ワオンのこと? いや、それなら大丈夫だ。この子は一緒にいてもらう」
俺の言葉に、ワオンは尻尾を振りながらきゅーと可愛らしい鳴き声をあげる。
「いや、そうじゃなくて。ほら、味見をしなくて大丈夫かと聞いているのですよ!」
「味見だぁ?」
「昼食会と言いましたでしょ? その味見をしてあげようと言っているのですよ」
「いえ、間に合っていますので結構です」
「……」
「どうぞ? お帰りいただいて結構です」
クレイリーファラーズはイラッとした表情を浮かべると、クルリと背中を向けて、乱暴に扉を開いた。
「……まったく、イヤな女だね。食い意地が張りすぎているよ。それに、お行儀も悪い。自分ではどう思っているかは知らないけれど、ああいう女性は絶対に男にはモテないよね」
「……ちょっと! 私まだいますから! 本人を目の前にしてそんなことを言うのはヒドイわ!」
「ああ、失礼しました。それは失礼しました。大丈夫です。お引き取りいただいて大丈夫ですよ」
「じゃあこうしましょう。私の分を作ってくれたら、今回の件は許してあげます」
「許す? 別に許して欲しいとは思わないのですけれどね。何だったら、俺のことはメチャメチャ嫌いになって、近づかないようになればいいなと思ったり思わなかったりします。あ、その日の昼食ですが、作るのは俺で、メニューはサンドイッチとオムレツ、そしてサラダだ」
「じゃあ」
「作らない。面倒くさい」
「一人分作るくらい、そんなに変わらないでしょ!」
「それが人にものを頼む態度か! じゃあこうしようじゃないの。余ったら、それをあげよう」
「ヒドイ……。残飯を食べさせようって気ですか!」
「イヤならヴァーロでも食べていろ」
「ちょっと、ひどくない? このチビデブハゲ童貞ニート野郎ひどいよ! アンタ何とか言いなさいよ! この私に、残飯を食えって言っていやがるよ!」
あろうことか、ヴァッシュに俺の文句を言っている。しかもその表現が酷い。だが、ヴァッシュは一切表情を変えずに口を開く。
「私は彼の言っていることに間違いはないと思うわ。それに、あなたの言いようは、食べかけのものを与えると聞こえるけれど、彼はそんなことをする人じゃないのは、あなたが一番よく知っているんじゃないのかしら? 彼が言っているのは、手を付けていない食材があれば差し上げましょうと言っていると私は解釈したわ。きっとお父様たちはそんなに料理には手を付けないでしょうし、そうなったら、せっかく作ったお料理が無駄になるわ。私は今の話を聞いて、料理が無駄にならなくていいと思ったけれど、あなたはどう思うかしら?」
ヴァッシュの言葉に、クレイリーファラーズは真っ赤になって震えていた……。




