第三百三十三話 見つかったけれども・・・
「……何を言っているのだ、貴様?」
「主だよ……。この館の。いや、お前の主だよ……。よく見ろ、私の目を……」
お前はこの館の主でも、このダマルの主君でも何でもねぇだろう……。そう言おうとしたそのとき、ダマルはシャキッと背筋を伸ばし、ペコリと頭を下げた。
「これは陛下! 皇帝陛下におかれましてはこのダマル、麗しきご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じ上げ奉ります!」
「苦しゅうない」
……一体何の茶番劇だ? 思わず口をあんぐりと開けてしまう。茶番劇と言ったが、このダマルの芝居は迫真の演技だ。まるで、本物の皇帝が目の前にいるかのようだ。
「ご苦労! 帰れ!」
そう言って、クレイリーファラーズは右手で扉を指さした。
「ハッ! それでは、失礼いたします!」
ダマルは再び腰を折ると、ほぼその姿勢を崩さないままの状態で扉に向かって行き、そのまま屋敷を後にした。
「……おい、何をやっているんだよ。てゆうか、こんなところで天巫女の力を使うんじゃないよ」
「だって、あの野郎キモイんですもの。アイツ、アタシを見て欲情していたでしょ? 絶対あの野郎は私の裸を想像していましたよ。ああ、マジきめぇ……」
……それはない、という言葉を飲み込む。一体どうしたんだろうか。毒舌に拍車がかかっている。
「それよりも、ビアライト! ビアライトを早くもってきて!」
「うわっ、どうしたんだ、それ……。ヤケド?」
恥も外聞もなく、クレイリーファラーズは靴下を脱ぎ、スカートをまくり上げた。パンツが丸見えだが、そんなことは全く気にする様子もない。俺を男性として意識していない、というよりも、それどころではないのだろう。
真っ赤に変色した彼女の左足を見て、事の次第を察した俺はすぐさまテルヴィーニを取りに走った。
「ビアライトを出して!」
「だから、俺はビアライトを知らないんだって」
「チッ、使えねぇな」
……叩きたい。グーで叩きたい。そんな思いに耐える俺を尻目に、彼女は俺からひったくるようにしてヴィーニを奪った。ゴソゴソと中を覗き込む……。
「あったあった。これよこれ」
そう言って彼女は小さな小瓶を取り出した。そこには確かに、黄色い液体が入っていた。蓋を取り、中に入っている液体を掌に取り出し、それを両手に馴染ませる。そして、その液体を焼けただれている左足に塗りたくった。
「ふ~う~」
クレイリーファラーズはソファーに体を預け、両腕をその上に乗せながら天を仰ぐ。まるで、重要な仕事をし終えたかのような姿だ。
見る見るうちに彼女のヤケドの跡が消えていく。これはおそらく、皮膚を再生させる薬なのだろう。もしかすると、欠損した部分も直せる薬なのかもしれない。
そんなことを思いながら、クレイリーファラーズに視線を向ける。パンツ丸出しで、大股をおっぴろげた、何ともあられもない姿だ。ちなみに、参考のために伝えるが、色は白だ。知っている人も多いだろうし、もし、この情報が不快なら、聞かなかったことにして欲しい。大人なら、できるはずだ。
そんな俺の視線に気づいた天巫女は、キッとした表情を浮かべると、スッとスカートを下ろした。
「やっぱり私をエロい目で見ていましたね! 油断も隙もありませんね! やだ……興奮していますか? ……キモイ」
「確かに、怒りも立派な興奮だな。言うまでもないことだが、俺を怒らせたらどうなるか、わかっているよね?」
「……ひどい! 私を脅す気?」
「どう捉えるのかは勝手だ。……さて、質問に答えてもらおうか」
クレイリーファラーズは小さく舌打ちをすると、座り直して俺に視線を向けた。どうやら質問に答える気になったようだ。
「で、一体どうしたんだ? ひどくヤケドをしていたようだけれども」
「そうなのですよ……」
彼女はそう言って大きなため息をつくと、目を閉じて首を左右に振った。
「確か、温泉を見つけに行ったんじゃなかったのか?」
「ええ。温泉は見つかりました。見つかったんですけれども……」
「見つかったけれども?」
「入ってみたらそれが、熱いのなんの! 左足を思いっきりヤケドしちゃいました! もう二度とあの温泉にはいかない!」
聞けば、温泉を見つけたこの天巫女は、湯加減も見ずに入ろうとしたのだと言う。温泉には案内人もいただろうし、人の目もあっただろうに、そんな場所でまさか裸になったのかという疑問はさておき、彼女は勢いよく左足を湯の中に突っ込んだという。
「……で、その体たらくになったというわけ?」
「もう、痛ェの何のって……。歩けなくなってくるわ、足は曲がらないわで、本当にえらい目にあいました」
一番つらかったのが馬車での移動だったそうで、そうした足の故障があるにもかかわらず、馭者は一切気を遣わずに全力でこのラッツ村まで飛ばしてきたのだと言う。確かに、馬車は振動が凄い。特にこの村に続く森の中はそうだ。俺たちのときは、馭者が気を使ってくれたが、どうやらこの天巫女には、そうした処置はなかったらしい。
「ところで、さっき追い返したあの男は、誰です?」
あ、そうだ。この天巫女の言葉で、さっきまでのことを思い出した……。




