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第三百三十話  使者ダマル

ヴァッシュの顔が一瞬で強張った。レークの後ろにはパルテックが不安そうな面持ちで控えていた。彼女は両手を胸の前で組んで、まるで祈るようなポーズを取っている。


「……行きましょう」


ヴァッシュが立ち上がる。俺は思わず彼女のスカートの裾を掴み、少し引っ張った。


「何よ」


「……もうしばらく、ここに居ようよ」


「インダークから使者が……」


「わかっている。ただ……もう少し心を落ち着けた方がいいと思うんだ」


そう言って俺はラッツ村に視線を向ける。そこには先ほどまでと変わらぬのどかな光景が広がっていた。ゆっくりと、俺の心も落ち着いていくのがわかる。


「それに俺は、インダークから使者が来るなんて聞いていないしね。来るのがわかっていたなら出迎えもするけれど、向こうから勝手に来たんだ。向こうに合わせる必要はないと思うけれど?」


「……いつの間にそんなに図太くなったの?」


「さあね」


「……私も、もう少しここに居たいと思っていたところだったの」


「やっぱり?」


そう言ってヴァッシュはゆっくりと腰を下ろし、俺の手に腕を絡めた。


実際はそんなに待たせていなかったはずだ。時間にして十分くらいだったと思うが、インダークの使者は明らかに怒っていて、顔が真っ赤になっていた。


がっちりした体格、帯剣した姿、そしてなにより、目つきの悪さが、悪党そのものだった。レークが少しビビっていたのがわかる気がした。というより、そんなヤバイ系の人だったのなら、先に教えてくれればよかったのだが。


男はヴァッシュを見ると、まず先に腰を折って彼女に挨拶をした。


「ヴァシュロン様には、ご機嫌も麗しく、何よりとお慶びを申し上げます。お久しぶりでございます」


「久しぶりね、ダマル。でも、私に挨拶をするんじゃなくて、先に挨拶をする方がいらっしゃるんじゃないかしら?」


……なぜかヴァッシュが怒っている。どうしたんだ。この男が嫌いなのかな? まあ、俺もあまり好きなタイプではないのだが。


その、ダマルと呼ばれた男は、俺に向き直ると、踵を鳴らして挙手の礼を取った。


「申し遅れました。私は、コンスタン・リヤン・インダーク将軍にお仕えいたします、ソノ・ダマルと申します。統監様におかれましては以後、お見知りおきの程を」


「え~と、ノスヤ・ムロウス・ユーティンです」


「……」


男はピシッと気を付けの姿勢を取る。何とも言えぬ沈黙が流れる。それに耐えられずに俺が口を開く。


「で、本日お見えになった理由をお尋ねしても?」


「……ずいぶんお取込み中であられたようで、失礼しました」


そんなことは微塵も思っていないのがよくわかる。その言葉の裏には、俺をこんなに待たせやがってという感情がよく見て取れる。


「ええ。ちょっと、宗教上の理由で、ね」


「宗教上の理由ぅ?」


「この屋敷の裏庭に、タンラの木が生えています。インダークから来られたのであれば、あの巨木をご覧になったと思います。ご存じの通り、あの木は神のデザートと呼ばれております。我々はあの木は神がお遣わしになったものと考えておりまして、折に触れて祈りを捧げております。その時間にお見えになりましたので、お待たせしました。いや、申し訳ありませんでした」


……自分でもびっくりするくらいに饒舌に喋ることができた。一回も噛まなかった。俺、やればできるじゃん、と心の中で思った反面、人は後ろめたいことがあると饒舌になるのだな、などと下らぬことを考える。


「ま、まあ、そういうことならば、致し方ありませぬな」


ダマルが少し狼狽えながら口を開く。彼はコホンと咳払いをすると、再び背筋をシャンと伸ばした。


「この度罷り越しましたのは、ヴァシュロン様の父君、コンスタン将軍の御意をお伝えするためでございます。将軍におかれては、婿殿のこの度の西キョウス地区統監のご就任を殊の外嬉しく思うと仰せです。そこで、この度の祝いも兼ねて一度、ノスヤ様と膝を交えて話をしたいとの仰せでございます」


彼はチラリとヴァッシュを見ると、再び俺に視線を向けて言葉を続けた。


「そこで、将軍からは、将軍自身がここ、ラッツ村に赴くことも吝かではないと申されておりますが、いかがでございましょうか」


いいです、結構ですという言葉を飲み込む。ただ、彼女の父親に会っていないのも何だか気色の悪い話であることには間違いない。できれば、娘さんをください、と言わないまでも、俺たちの結婚を認めてもらえればいいなというのが本音だ。


ただ、その訪問が個人的なものであればいいが、それ以外の事柄であるのは、少し話がややこしくなる。このラッツ村のことを探りに来るのか、俺をインダークに取り込もうとしているのか、色々なことを邪推してしまう。と、いうより、こう言っては失礼だが、この目の前にいるダマルの顔が悪人面すぎて、額面通りに受け取れないのだ。


そのとき、ヴァッシュが口を開く。


「お父様がそんなことを仰るかしら? それは、お母様のお言葉ではなくて?」


「そ、そ、そ、そんなことは、ごっ、ございま、せん!」


……ああ。そんなことが、あるのだな。

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