表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
329/396

第三百二十九話 ピクニック

しばらくして、レークとヴィヴィトさんがやってきた。俺はヴァッシュ連れて街に出たが、すぐに引き返してきた。理由は、道すがら会う人会う人に話しかけられ、しまいには街の広場で黒山の人だかりになり、身動きが取れなくなってしまったからだ。


慌てて近くにあった石の上に登って、あらために皆にお礼と挨拶を述べて、早々に屋敷に帰ってきた。帰宅してからも次々と来客があって、午前中はその対応にかかりきりだった。やって来たのはこの村に滞在している商人たちで、彼らは一様に、何かあればご用命くださいと言って帰っていった。なんとも抜け目のない人たちだ。


朝からそんな調子だったので、俺はヘトヘトになってしまった。ヴァッシュも疲れの色が出ていた。ちょうど昼食の時間になったが、このままだと食事中にも来客の可能性が高い。そうなると、おちおち食事などしている状況ではない。さすがにちょっと休みたいと思った俺は、ヴィヴィトさん夫婦とレークに、来客があっても外出中だと言って取り次がないように頼み、キッチンに向かった。


「ねえ、そんなことを言っても、屋敷にいるんだからすぐにバレてしまうわ」


ヴァッシュがあきれた表情を浮かべながら口を開く。俺はにこりと笑うと、手早くサンドイッチを作って、それらを傍らにあったバスケットの中に詰めた。


「要は、外出していればいいんだよ」


そう言って俺はヴァッシュの手を取って、勝手口から外に出た。目の前には、ソメスの木々があり、その向こうにはタンラの大木がある。俺は木々の間を通って、タンラの木の下に腰を下ろした。


「腹が減ったろ。ここでお昼にしよう」


そう言って俺は、地面から盛り上がっている木の根に腰を下ろした。ヴァッシュも無言で隣に腰を下ろした。


目の前にバスケットを置く。サクッと作った割には、結構な量のサンドイッチが詰め込まれている。俺はその中から一つを取り出すと、大口を開けてかぶりついた。


「ん。我ながら美味いサンドイッチだ。景色もいいから味もよくなるのかな」


目の前からはラッツ村の景色が広がっていた。人々が忙しそうに畑で作業しているのが見え、街では多くの人が行き交っている。俺が初めてこの村に来たときに比べると、人の流れも、活気も段違いになっているように思える。


「さっきまでの騒々しさが、ウソみたいね」


ヴァッシュが誰に言うともなく呟く。彼女もバスケットからサンドイッチを取り出して、それをムシャムシャと食べている。


「おいひい」


やっと彼女の笑顔が見えた。やっぱり、ヴァッシュは笑っている顔が一番かわいい。


「……結構たくさん入っているわね。あんなに短い時間で、よくこれだけのものが作れたわね。西キョウス地区の統監より、コックの方が向いているんじゃない?」


「そうかもしれないな」


ひきこもっていた時代、家族ですら会いたくなかった俺は、いつしか腹が減ると冷蔵庫の中を物色して、素早く何かを作る癖がついていた。そのときのスキルが今、こんなところで活きるとは思いもよらなかった。


家の冷蔵庫の中にはいつも、いろんな食材が入っていた。ハム、チーズ、タラコ、ツナ缶……。俺が好きなものばかりだ。それは言うまでもなくお袋が買い揃えてくれていたもので、俺のためにそれをしてくれていたのだということが、今になってよくわかる。俺は心の中でお袋に、ごめんなさいとありがとうを言った。


「どうしたのよ」


ふいにヴァッシュの声が聞こえて我に返る。ふと見ると、彼女の顔が間近にあった。彼女は心配なことがあるとこうして顔を近づけてくる。最初は驚いたが、今はとても心配してくれているのがわかっているので、俺は笑みを浮かべながら口を開く。


「そうだな。この仕事をクビになったら、どこか静かなところでヴァッシュと二人、小さな料理屋を開いてもいいかもしれないな」


「……そうね。それもいいかもしれないわね」


そういった彼女の顔は、少し寂しそうだった。俺たちはしばし無言のまま食事をとり、ラッツ村の風景を眺め続けた。


「うん?」


空から何かが落ちてきた。見るとそれは、タンラの実だった。それは続けてもう一つ落ちてきた。


「おお、タンラの実だ。ヴァッシュ、食べなよ」


タンラの実を掌に載せて彼女の前に差し出す。ヴァッシュは実を一つつまむと、それを口の中に入れた。


「……甘い! 美味しい!」


本当に美味しかったのだろう。両手を握りしめながら体を震わせている。彼女は薄目を開けると、俺に残りの実を食べろと手ぶりで伝えてきた。それに従って、残った実を口の中に放り込む。うん、美味い。


「はぁぁぁ。美味しかった。たまにはこうして外で食べるのもいいわね」


そう言って彼女は立ち上がった。それにつられて俺も立ち上がる。


「また、こうやってお弁当を持って外で食べよう。いい気分転換になる」


「そうね」


そのとき、勝手口が開いてレークが小走りに駆け寄ってきた。彼女は申し訳なさそうな顔をしながら小さな声で呟いた。


「あの……。お客様がおいでになっています。……すみません」


「どうしたレーク。お客様って、誰だい?」


「インダーク帝国からの、お使者がお見えになっています……」


インダーク帝国ぅ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ