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第三百二十六話 帰還

俺は思わず大きなため息を漏らしていた。ようやく、車窓の景色が見慣れた風景になったからだ。


たった今、ラッツ村に通じる道に入った。その瞬間、車窓の風景が懐かしいそれに変わった。


王都からラッツ村に至るルートは二つある。一つがエアリアの町を経由して進む北側のルート、もう一つが、南側のルートだ。俺たちが王都に向かう際には南側のルートを選択したために、今まで走ってきたルートは全く馴染みのない風景だったのだ。


ちなみに、南側のルートを選択すると、いくつかの小さな町を経由していくことになる。むろん、王都までの距離は北側のそれとはあまり変わらないが、エアリアからラッツ村まで馬車でほぼ一日かかってしまう。そのために、旅人や冒険者たちは大抵、このルートを選択する。休憩や補給が容易だからだ。俺たちも、王都に入る前に必要なものを揃えていきたいと考えていたので、南側に進んだのだ。


朝、エアリアの町を出発してほぼ丸一日馬車に揺られていたために、体は疲れていたのだが、見慣れた景色を見ると、一気にそれが消えた。心がワクワクする。そうだ。この川に沿って進んでいけば、やがて森が見えてくる。その中をしばらく進むと、ティーエンの家が見えてくる。そこを過ぎると、ラッツ村はすぐそこだ。


ああ、もうすぐ村に帰れる。その事実だけで、テンションが上がってくる。早く皆に会いたい……。


ふと、隣に座るヴァッシュに視線を向ける。彼女はじっと窓の外を眺め続けている。彼女の膝に座っているワオンも立ち上がって窓の外を見ている。彼女も、ラッツ村が近づいてきているのわかっているのだろう。


再び車窓に視線を向ける。遠くの方に森が見えてきていた。もうすぐだ。もうすぐだ……。


思わず隣のヴァッシュの手を握る。彼女も少し強めに俺の手を握り返してきた。彼女もまた、村に戻れるのが嬉しいらしい。それだけで、俺も嬉しくなってくる。


俺たちはただ黙って車窓の景色を眺めながら、ずっと手を握り続けていた。


どのくらい走っただろうか。かなりの距離を走った気がするが、時間的には短かったような気がする。ほどなくして馬車は森の中に入った。馬車の速度がガクンと落ちる。


見慣れた景色だが、夕方近くにこの道を通ったことはなかった。太陽の光の当たり具合がいつもと違うためか、いつもの景色が新鮮なものに思えてきた。


……もうすぐティーエンの家だ。俺はヴァッシュに体を摺り寄せる。彼女はチラリと俺を見て、フッと笑みを漏らす。相変わらずカワイイ。二人で車窓を眺めながら、もし、ティーエンやルカの姿を見つけられたら、手を振ろうと待ち構える。


だが、家の前には誰もいなかった。それどころか、家の灯りは消えていて、誰もいないように見えた。


……きっと、仕事に出ているか、ラッツ村に行っているのだろう。そう思い直して、ヴァッシュから体を離す。彼女はコクリと頷くと、再び車窓に視線を向けた。


……もうすぐだ。もうすぐだ。心の中で何度もつぶやく。別に悪いことをしたわけではないのだが、何となく気恥ずかしい気持ちも湧き上がってくる。それと同時に、俺の心臓の鼓動も早くなってきていた。


やがて、馬車は村のゲートを潜った。目の前には避難村が現れ、そこには大勢の人が行き交っていた。


てっきりそこで停車するかと思いきや、馬車はそのまま進んでいく。領主の館に向かうよう伝えていたために止まらなかったのだろう。ここで止めてくださいと言おうとしたとき、大きな声が聞こえた。


「あっ! ノスヤ様! ノスヤ様だ!」


見ると、男が満面の笑みを浮かべながら俺たちを指さしている。その周囲の人々が驚いた表情でこちらを眺めている。俺は思わず人々に向かって大きく手を振る。


「イデッ!」


大きく手を振りすぎて壁に手を打ち付けてしまった。ヴァッシュが大丈夫? と言いながら俺の手をさすってくれる。なんて優しい女性なんだ……。なぜか、涙が出そうになる。


馬車の外から歓声が上がった。見ると、避難村の人々が馬車を追いかけてきていた。ものすごい数の人だ。俺は驚くと同時に、馬車の中から、ただいま、ただいま、と言いながら手を振り続けた。


馬車はゆっくりと坂道を上がっていく。そして、そこを上がりきったところで、静かに止まった。俺たちの屋敷に到着したのだ。


「お疲れ様でございました」


御者の男が恭しく一礼して扉を開ける。彼に礼を言いながら待ちかねたように馬車を下りる。ヴァッシュもありがとうと言いながら下りてきた。


「……」


見慣れたいつもの屋敷があった。タンラの大木も見える。そうだ。こんな屋敷だった。懐かしさと嬉しさで、言葉が出てこない。


「ノスヤ様ぁ!」


突然屋敷から人が飛び出してきた。レークだ。彼女は驚いた表情を浮かべながら、全力で俺たちの許に走ってきた。


「ノスヤ様……ヴァシュロン様……お帰りなさい! お帰りなさいませ!」


「ただいま……ただいまレーク!」


そう言いながら彼女の頭をわしゃわしゃ撫でる。レークの耳がクルクルと回っている。


「お帰りなさい、ご領主様!」

「おかえりなさいませ!」

「お戻りなさいませ!」


馬車を追いかけてきた人々が次々に口を開く。その声はどんどん大きくなり、やがて大歓声となった。俺はその人々に両手を挙げて応えた……。

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