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第三百二十五話 探し物

てっきり自分の意見が否定されるものだとばかり思っていたのだろう。クレイリーファラーズは前につんのめようとしている。そんな彼女をヴァッシュは冷静な眼差しで見つめている。


「本当にこの町に温泉があって、効能があるのなら、観光名所にもなるし、何より、病気を患う人たちの治療の場ともなるわ。それを調べるというのであれば、それはそれでいいことだと思うわ」


「お、おおう。初めて意見が合いましたね。そういうこと。そういうことですよ」


クレイリーファラーズは腕を組み、足を組みながらゆっくりと頷いた。お前、ようやくワシの言うことがわかってきたやないかい、と言わんばかりの態度だ。いつも思うが、どうしてそう上から目線なのだろうか。女性として、総合力ではヴァッシュが圧倒的に上なのに……。あ、だからか。何とかマウントを取りたいのだな。


「ただ、カチナさんから温泉に関する説明は一切なかったわ。ということは、このエアリアで温泉に関する注目度はそれほど高くないと私は解釈したわ。どこで温泉の情報を仕入れたのかは知れないけれど、注目度のそれほど高くない事柄に一週間の時間を費やすなら、私は早くラッツ村に戻るべきだと思うの」


ヴァッシュの言葉に俺は大きく頷く。クレイリーファラーズの目が鋭くなる。


「じゃあ何ですか? 私が適当なことを言っているとでも?」


「そうは言っていないわ。ただ、優先順位を考えれば、ラッツ村に帰る方が温泉より大事じゃないかと私は思うだけよ。でも、温泉の調査を蔑ろにするべきだとも私は思わないわ」


クレイリーファラーズは腕を組みながらその体をソファーに預けた。その様子を見ながらヴァッシュは俺たち全員に視線を向けながら口を開く。


「これは私からの提案だけれども、クレイジーさんにはここに残ってもらって、私たちは先にラッツ村に向かってはどうかしら。そして、私たちがラッツ村に到着したら、馭者の方には悪いけれども、クレイジーさんを迎えに行ってもらうの。ここからラッツ村へは一日の距離だわ。馭者の方には一日村で休んでもらって、その次の日にここ、エアリアに迎えに行ってもらうの。つまりはクレイジーさんは三日間ここで温泉の調査ができることになるわ。それでどうかしら?」


「わざとか?」


クレイリーファラーズが小さな声で呟く。わざとじゃないのは知っているだろう。アンタの天巫女としての性質で、アンタのことが記憶に残りにくいだけだ。クレイリーと言うより、クレイジーの方が言いやすいだけだ。決してその人間性を知ってズバリ言い当てているわけではないと思うよ、たぶんだけれども。


大体、クレイリーファラーズなんて名前、覚えにくいし言いにくい。この名前を付けたヤツはどういう意味を持ってこの名前を付けたのだろうか。普通の語彙力じゃ思いつかないぞ、たぶん。


そんなことを思っていると、パルテックさんもハウオウル先生も頷いている。皆、やはりラッツ村に帰りたいのだ。


「ヴァッシュの意見に賛成だ。俺たちは明日、ラッツ村に向けて出発しよう。それでいいな?」


俺はクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女はすました顔で頷き、そして、右手を俺に差し出した。


「何?」


「滞在費ですよ」


「滞在費ぃ?」


「金貨五枚ほど」


「何をする気だよ」


「何をするって、食事やお土産を……」


「お土産なんかいらねぇだろう。それに、逗留するのはこの屋敷だ。ちゃんと領主のカチナさんにはその旨を話しておいてやる。金なんか使う必要なんてどこにもないだろう」


「でもでもでもでもでも。いざというときにお金がないのは不安ですよ! だって私、三日間も一人ぼっちになるんですから!」


「一人ぼっちになるのは自分が選択したんじゃないか。それに、だ。ヘソクリがあるだろう?」


「ヘ? ヘソ、クリ? 何ですか、それ、は?」


「お隠しあるな。あなたが後生大事に持っておられる左の胸にある小さな袋!」


「ひゃっ!」


「よもやお忘れではありますまい!」


「一体いつから……」


「ずっと前から知っていたわ」


「と、ということは、私の部屋を覗いたのですね! スケベ! 私の裸を見たのですね!」


「何と言っているんだ。酔っぱらって帰って来て、胸から取り出して俺に自慢気に見せていたじゃないか」


「私がそんなことするわけはないわ! お酒に酔ったことなんて一度も……」


「あるだろうが。むしろ、酒に飲まれていることの方が多いじゃないか」


そこまで言うと俺は立ち上がり、腕を組んでまるで、宣言するかのように口を開く。


「お金は渡さない。どうしても買いたいものがあれば、自分の金で買うんだ。その代り、朝昼晩の三食と、移動の馬車は自由に使えるようにしておいてやる。以上だ」


「……オヤツ」


「自分で買え」


「わかりました。じゃあ、オヤツはここの館の人に作ってもらうことにしますっ! すごい温泉を探してきますから!」


クレイリーファラーズはそう言うと立ち上がり、プイッと踵をかえしてそのまま部屋を出て行った。


「きっと、その温泉は温度が高いかもしれないな」


俺は誰に言うともなく呟く。その俺にヴァッシュが不思議そうな表情を浮かべている。


「どいういうことよ?」


「探し物が温泉だけに、あったかい(温かい)ってね?」

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