第三百二十四話 エアリアの町
先に結果を言ってしまうと、次の町であるエアリアは、特にこれといったものがない町だった。カチナと名乗る領主は、いかにも人のよさそうな男で、統監たる俺の言うことには従順に従う姿勢を見せていた。
のどかな田園地帯が広がり、その中に城壁に守られた町がポツンとあるという趣だ。そう、城壁さえなければ、ラッツ村の雰囲気によく似ている。ただし、隣国との争いといった緊迫した状況に晒されていないためか、町全体がのんびりしているように感じられた。
だが表面上は平和でも、地図上で見れば、このエアリアという町は戦略上割と重要な位置づけになっている。街道が三本も交わる場所なのだ。
このエアリアから北に向かうと、リリレイス王国の北地区に向かうことができる。そして、南に向かうと、南地区へ向かうことができる。まっすぐ突っ切れば王都だ。不思議なのは、これだけの交通の要所であるにもかかわらず、町が発展していないことだ。大抵、こうした場所には宿屋が立ち並び、繁盛しているはずなのだが……。ここは城壁こそ高いものを備えているが、町の規模がそれにそぐわない。そのため、領主の館も規模が小さく、使用人の数も多くはない。
「統監様のご懸念は誠にごもっともでございます」
領主であるカチナは、落ち着いた声で語り始めた。彼はエアリアの位置を指で指し示すと、丁寧に説明を始めた。
「確かに、地図上では北地区、南地区へ向かうことができますが、そこにはそれぞれ、山を越えてゆかねばなりません。そこは、平地よりも強力な魔物も出現します。そんな危険を冒して参りますより、このままエアリアを突っ切って王都に向かい、そこから北地区、南地区に向かう方が遥かに安全で、また、時間もかかりません」
その説明には大いに納得したが、一方で俺は、このエアリアになぜ、城壁を備え、領主の館が置かれているのかの意味を考えていた。その答えはすぐに出た。もし俺が敵ならば、ラッツ村を抜いた後に取る進路は、このエアリアだからだ。ここを押さえれば、北地区、南地区に向かうことができる。ここで王都からの軍勢を撃退しながら、別動隊を組織して北と南に進ませる。その上で三方から挟み撃ちにすれば、王都は陥落する。だからこそ、ある程度の防御力を備えた町が作られているのだ。
残念なことに領主のカチナには、その重要性を認識できていないように見える。長い間平和であったために、そうしたことを考える機会もなかったのかもしれない。むしろ、そんなことを考えること自体、ナンセンスだとでも思っている雰囲気すらあった。
この町の特徴と言えば、戦略上重要な地点であるというだけで、特産品はこれと言ってなく、特に他に見るべきものもなかった。これは当初の予定通り、明日にでもラッツ村に向けて出発しようと考えていたそのとき、なぜかクレイリーファラーズが俄然やる気を出していた。
彼女は、明日の出発を提案した俺に真っ向から反対した。ここはじっくりと腰を落ち着けて、もっとこの町を知るべきだと主張したのだった。
「他に知るべきものって何だよ」
俺の問いかけに、クレイリーファラーズは目を輝かせて答える。
「それは、温泉です。しかも、泥温泉! 美肌効果抜群! デトックス効果抜群! これはじっくり試してみないと!」
「あのなぁ。それは単に温泉でゆっくりしたいだけだろう?」
「そんなわけないじゃないですかー。やだなー。ハッハッハー」
「それに、それは本当に泥温泉か? 単にお湯に泥が混じっているだけなんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。私を誰だと思っているのですか! この、私が、温泉を見間違うはずなどないじゃないですか!」
「……ごめん。どうしてそこまでテンションが上がっているのか、俺にはさっぱりわからないんだが」
「テンション上がるに決まっているでしょ! 温泉ですよ温泉! お肌もきれいになるし、肩こり腰痛にも効くし、何より、体を温めるのでダイエットやデトックスも期待できるじゃないですか。まあ、これ以上綺麗になっちゃうといろいろと問題が起こりそうな気もしますけれども、それはそれでどうしようもないことだと諦めます。……そうそう、それに、温泉が発見されたとなれば、この町の発展にもつながることになります。観光客が押し寄せる、宿屋などができる、それに付随した施設が作られる……。そういうサイクルを繰り返すと、町は日を追うごとに発展しててて……」
「さすがに後付した部分だけあって、最後は噛んじゃってるじゃないか」
「後付じゃないですよ! 私は以前からずっと考えていたのです!」
「で、その調査をするにあたって、どのくらいの日数を考えているのです?」
「……一週間くらい」
「……そんなに? 何を調べる気だよ。温泉に入って寛ごうとしていないか? それだけの期間、温泉に入って食っちゃ寝をしてたら、逆にメチャメチャ太るんじゃないか?」
「いいんじゃない、別に」
ヴァッシュの凛とした声が聞こえた。クレイリーファラーズは顔を真っ赤にして、ヴァッシュを睨みつけた……。




