第三百二十三話 たら、れば、の話
俺は目をこすって、もう一度窓の外の景色を眺める。昨日までは細い幹の木々だったのが、今はそこそこ太い木々になっている。やっぱりそうだ。俺の目が悪くなったわけではなさそうだ。
不思議なこともあるものだと思っていると、荷造りをしてくれていたメイドが近づいてきて、優しげに口を開く。
「マオサロンの木ですね」
「マオサロン?」
「はい。ここエイビーで生えている木です。水分を含むと、増幅するのです。今朝は霧が出ていましたので、それで増幅したのでしょう。恐らく、昼を過ぎると再び元の形に戻ります」
「不思議な木もあるものですね……。でも、面白いですね。これって、この町の名物になるんじゃないですか? これでお客さんが呼べそうですけれど……」
俺の言葉にメイドは苦笑いを浮かべた。
「初めてこの木を見る方は皆、そういわれるのですが……。その……繁殖力がとても強いのです。見た目はとても美しい木なのですが、すぐに新しい木が生えてきますし、成長も早いので、常に間引いていかなければならないのです。ですから、たまに苗木を持って帰る方もいらっしゃいますが……例外なく困っておいでです」
「へえ……。それだけ繁殖力と成長が早い木なら、何かに使えばよいのでは?」
「はい。いろいろと試しましたが、伸縮しますのと、また、その伸びる力もかなり強いので、建築素材には適しませんし、薪として使うにも水分を含みやすいものですから、それも使えません。ご領主様も色々と試行錯誤をしていらっしゃいますが、今のところ観賞用としてしか、利用方法がないのでございます」
「へえ……何か他に使えそうな気がするんだけれどな……」
そう言いながら俺は再び、マオサロンの木に視線を向けた。
◆ ◆ ◆
「何事も行き届きませず、統監様には窮屈な思いをなされたかと存じます。次にお越しになるときは、町をあげて歓迎申しますので、どうぞこれに懲りずに、エイビーの町にお越しください」
見送りに来たトノロがそう言って笑顔を見せる。その彼にヴァッシュが、とても寛げることができたと言って礼を述べている。さすがに、こうした場ではヴァッシュの振る舞いは卒がない。ファーストレディーとしては一流の女性だ。
トノロとの会話を終えたヴァッシュが俺たちに馬車に乗るように促す。彼女は俺の隣に来るとクルリと振り返っておれと腕を組み、トノロらに向かってゆっくりと頭を下げる。俺もそれに続いて頭を下げた。
「あの……一つ、お願いがあるのですが」
俺がそう言うと、トノロは不思議そうな表情を浮かべながらこちらにやって来た。
「どうなさいました?」
「いえ、昨日からずっと考えていたのですが、ニーロ・フートーリ帯の岩盤ですが、そこに長い鉄の釘を打ち込むことは可能ですか?」
「……ええ。可能だと存じますが」
「それでしたら、岩盤に等間隔に一列に、できればびっしりと釘を打ち込んで、穴を開けてもらいたいのです。できるだけ深い穴がいいですね。その空いた穴に、マオサロンの木を打ち込んでもらえませんか」
「マオサロンの木? それを打ち込むのですか?」
「はい。あの木は水分を含むと膨張しますね。ということは、岩盤にあけた穴にそれを打ち込めば、その膨張力によって岩盤が割れるのではないかと思いまして」
「そ……それは……」
「まあ、ダメで元々です。ダメならダメでまた新たな方法を考えればよいと思います。一度、やってみてもらえませんか」
「し……承知、しました」
トノロは戸惑った表情を浮かべたが、俺はニコリと笑って頷いた。
馬車に乗り込んで出発すると、それを待っていたかのようにヴァッシュが口を開いた。
「ねえ、さっきのあれ、何をしようとしているのよ」
「岩盤が効率的に砕けないかなと思ってね」
「そんなことで砕けるのかしら」
「可能性はあると思っているんだ、実は」
「でも、それで金が採れたとして、それを溶かす施設はどうするのよ」
「ラッツ村に作ろうと思っている」
「ラッツ村に?」
「ああ。俺の土魔法の錬成で、それができないか試してみる。そして、それができるのであれば、ラッツ村に溶鉱炉を作ろうと思う。ここで採れた金をラッツ村に運んで、そこで金を精製できたらと思っている。あそこなら土地はいくらでもあるし、人も集まりやすいだろうからね」
「そ……そうなれば、あの村は、すごいことになるわね」
「あくまで、たら、れば、の話だけれどもね。早くラッツ村に帰って試してみなきゃな。ああ……そんなことを考えていたら、無性にラッツ村が恋しくなってきた。早く帰りたいな。帰って、レークやヴィヴィトさん、テーィーエンさんたちに会いたいなぁ……」
「私も。訪問先はあと一つね。それが終わるとやっとラッツ村に帰れるわ。予定よりもずいぶん遅くなってしまったから、皆、心配しているかもしれないわね」
「そうだな。次の町は……エアリアか。特に何事もなければ、一泊だけしてラッツ村に出発してもいいかもしれないな」
「そうね。そうしましょう」
そう言ってヴァッシュは嬉しそうな表情を浮かべた。
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