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第三百二十二話 荷造り

翌朝は、いつもよりも早めに目覚めてしまった。目を開けると、ヴァッシュの背中があった。薄暗い部屋の中でも、彼女の肌のきめ細かさがよくわかる。そんなことはありえないことだが、彼女の真っ白い肌が、ほのかに光を帯びているかのように見える。


左腕を彼女の首の下に入れて、腕枕をしている。残った右手でその体を優しく抱きしめる。そのとき、ふと、ヴァッシュが腕を絡めてきた。ああ、俺は愛されているのだなと実感する。


「う……ん」


ヴァッシュが小さな声でうめき声をあげたかと思うと、彼女は体をこちらに向け、その美しい顔を俺の胸にうずめた。思わず両手で彼女を抱きしめると、彼女の体からほのかな温もりがジワジワと伝わってきた。それはまるで、俺の体に蓄積された疲れや悩み、といった負の要素を、ゆっくりと、やさしく溶かしていくように思えた。俺はその心地いい温もりに包まれながら、再び眠りに落ちていった。


……そんな幸せな朝を迎えたのにもかかわらず、朝食のテーブルに着いた直後から俺は、何とも言えぬ不快感を覚えていた。さっきの優しいひとときがすべて、台無しになってしまっていた。


その原因は、クレイリーファラーズだ。この天巫女は眉間にしわ寄せた状態で、無言のまま朝食を口に放り込んでいた。それは、いかにも目の前に用意された食事がマズイと言わんばかりの態度だった。


いや、食事が不味ければ、俺はこんな不快感を覚えなかった。だが、実際、今朝の朝食はかなり美味かったのだ。


それは、メイドたちが昨日のお礼だと言って、腕によりをかけて作ってくれたものだった。いつもこのお屋敷で出しているものと少し趣向を変えて、彼女らの、いわゆる一般家庭の朝食を出してくれたのだ。


凝ったメニューではなかった。焼いたパンにオムレツ、サラダ、そして一口サイズの肉料理、そして、メイドの一人が自作しているジャムのようなもの……。それは、ここエイビーでは、どこの家庭でも普通にあるもので、大抵は母親が作ってくれる、言わば、おふくろの味のようなものらしい。そうしたものがテーブルを彩っていた。


素朴だが、味わい深い料理だった。ラフ、と呼ばれた肉料理など、ナイフを置けば切れるのではと思わせるほどに柔らかいものだった。この料理を作るために、彼女らは前日から仕込んでいたらしい。


俺をはじめ、全員がその料理に舌鼓を打った。貴族たちはこうした料理を嫌う者が多いらしいが、俺からしてみれば、そんなヤツらこそ信じられない。こんなうまい料理を食べないなんて、人生の大半を損している。


そんな料理であるにもかかわらず、この天巫女は相変わらず無言のままだ。メイドたちもその態度が気になるのか、チラチラと彼女に視線を向けている。


「どうしたんだよ。気に入らないのか、この料理が」


思わず声をかける。だが、彼女は思いっきり俺を睨みつけてきた。誰にメンチ切ってるんだよ。


「いや、美味しいと思いますよ?」


……なんでそんな上からやねん、という言葉を飲み込む。彼女は大きなため息をつきながら、面倒くさそうに口を開く。


「ちょっと、胸焼けが……」


そりゃ、寝る前にあれだけ大量のフライドポテトを食べれば、そうなるだろう。ある程度のところで切り上げたヴァッシュとはえらい違いだ。とはいえ、胸焼けで苦しいはずなのに、それでも朝食を完食しようとする姿勢は、ある意味では男前であると言える。


「どうもありがとう。とても美味しかったわ、ごちそうさまでした」


クレイリーファラーズになど見向きもせずに、ヴァッシュがメイドたちに向けて礼を言う。俺もパルテックもハウオウルも、口々に礼を言う。彼女らは大いに恐縮していたが、皆、嬉しそうだ。


メイドたちはテーブルに並べられた皿を手際よく片付けていく。クレイリーファラーズは……無理して食べたらしく、苦しそうだ。まあ、これは放っておくことにしよう。


メイドの一部は、食器を下げるために部屋から退室していった。だが、部屋には数名のメイドがまだ残っている。その理由は簡単だ。俺たちが今日、この街を出発するからだ。彼女たちはその荷造りを手伝いに来てくれているのだ。


当初からこのエイビーの街には三日間の滞在と決めていた。むろんそれは、環境汚染の懸念もあるが、あまり滞在日数を増やしても、ラッツ村への帰還が遅くなってしまう嫌いもあるからだ。


ただ、この街は人はいいし、金鉱脈など、かなり高いポテンシャルを秘めていることがわかったのは、うれしい誤算だった。また、近いうちに訪問することになる。その旨をメイドたちに伝えると、彼女たちは一様に喜びをあらわにした。


荷造りは主に、ヴァッシュら女性たちのものが中心だが、俺にも一人、メイドが付いてきた。


「俺の荷物などたかが知れていますので、大丈夫ですよ。それよりも、妻たちのところを手伝ってください」


そう言ってみたが、彼女は統監に荷造りをさせては主人から怒られると言って譲らなかった。仕方なく荷造りは彼女に任せて、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。


広い庭に植えられた木々の緑がまぶしい。そのときふと、俺の目は一本の木に集中した。


……あれ? この木、昨日よりも太くなっていないか……?

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