第三百二十一話 フライドポテト、再び
一体、どうやったらそんな聞き間違いをするんだ? 俺は思わず唸ってしまった。
ニーロ・フートーリ帯……。確かに、二キロ太りたい、に聞こえなくはない。だが、俺とトノロの会話の中で、そんな解釈には文脈上なるわけがないのだ。
「一週間で五キロくらいまでなら楽勝ですよ。私クラスであれば、本気を出すまでもないです。まあ、十キロ太れ、と言われるのであれば、それはちょっと本気を出さないといけませんね。ケーキ、ポテチ、コーラ……。あ、お酒でもいいですね。焼酎とかワインとかじゃなくて、ビール! ビールと揚げ物と甘いもの毎日毎晩お腹いっぱいになるまで……。ちょっと、どこに行くんですか!」
話を聞いているだけで胸焼けがしてきた。私クラスって何だよ。太るためのライセンスでもあるのだろうか。バカバカしい。俺は無言のままクレイリーファラーズに背を向けて、キッチンに向かって歩き出した。
「ああ、ありがとうございます。助かりました」
キッチンでは、メイドさんたちが準備をしてくれていた。俺が礼を言うと、皆、目を丸くして極端なほどに恐縮する。そんな様子に苦笑いを浮かべつつ、フライドポテトに取り掛かる。
芋をちゃちゃっと短冊形に切り、小麦粉をたっぷりかけて、熱した油の中に放り込む。一旦取り出して油をきり、もう一度揚げ直す。こうすることで、カリッとした仕上がりになるのだ。
メイドたちは初めて見る料理に興味津々だ。揚げあがったフライドポテトに塩をかけ、一口食べてみる。うん、美味い。ちょっと太めだが、歯ごたえがあって、ちゃんとフライドポテトになっている。
「よかったら、皆さんもどうぞ。味見してみてください」
俺の言葉に皆、顔を見合わせている。別に味見くらいで、とは思うが、この世界では意外と貴族と一般市民との距離は遠い。察するところ、彼女らは館の主であるトノロらから、気さくに声をかけてもらったことがないのかもしれない。
一人のメイドが、恐る恐る手を伸ばす。彼女は目を左右に動かしながらポテトを口の中に入れた。
「あふっ。……うん、うん、うん」
予想以上に熱かったのだろう。一瞬顔をしかめたが、その後は口を動かしながら何度も頷いている。目で美味しいと皆に言っている。それを見た他のメイドたちが、次々と手を伸ばしてきた。
「うん、美味しいですね」
彼女らにしてみれば、家畜のエサ程度にしか思っていなかった食材が、思いのほか美味しかったので、面を食らっているようだ。
「聞けばこの食材はタダ同然だそうですね。で、あれば、これを使ってフライドポテトを売れば、うまくすれば大儲けできるかもしれないですね」
メイドたちは顔を見合わせている。さすがに、そんなうまく事はすすまないか……。
だが、数か月後、このメイドの一人が父親と共にその商売を始めたところ、たちまち大人気となって、この街の名物となるなど、このときの俺は、考えもしなかった。
揚げたてのフライドポテトをつまみながら、次から次へと揚げていく。気が付けば、大きなボウルのような食器二ついっぱいに出来上がっていた。
メイドたちにお礼を言い、フライポテトをもって部屋に向かう。それにしても美味そうな香りだ。いつも思うが、この香りを嗅ぐと、お腹いっぱいでもついつい手が伸びてしまうのだ。
「……うん、美味しいわ」
早速ヴァッシュに食べさせる。彼女は一口味わうと、胸の前で小さな拍手をしながら、幸せそうな表情を浮かべた。それに釣られるようにして、ハウオウルもパルテックも手を伸ばしてくる。
皆、一様に美味い美味いと言って食べてくれる。ワオンも背中の羽をパタパタと動かしながら食べている。よかった、皆、気に入ってくれたみたいだ。
「でもこれは、夜にあんまり食べない方がいいわね」
ヴァッシュが布で手をふきながら口を開く。その声に、ハウオウルもパルテックも頷く。
「え、もういいの?」
「とても美味しいけれど、夜に食べると、あまりよくない気がするわ。また明日に……。でも、時間が経ってしまうと、美味しくなくなっちゃうかしら」
「ああ、いいよ。また作ればいいんだ」
そう言って俺は頷く。と同時に、さすがはヴァッシュだなと心の中で呟く。俺だったら、欲望に任せて腹いっぱい食べてしまい、大抵は翌日、胸焼けに苦しむのだ。下手をすれば、太ってしまうかもしれない。そこにいくとヴァッシュは、そうならないように自分を律することができるのだ。見習わなくてはならない。
「あ! ポテト!」
クレイリーファラーズが部屋に入ってくるなり大声を上げる。うるせぇよ。
「もう食べているじゃないですか!」
「早く来ないからだろう。まだ少ししか食べていないし、たくさん残っているから、どうぞ。全部食べてもいいぞ」
彼女はフン、と鼻を鳴らすと、皿を抱えるようにして持つと、椅子にドカリと腰を下ろした。そして、片手でフライドポテトをわしづかみにすると、それを豪快に口の中に放り込んだ。
「……ケチャップ」
「何だって? 気に入らないなら食べるな」
「……チッ」
クレイリーファラーズは舌打ちすると、フライドポテトが入ったもう一つの食器を持って、部屋を出ていった。
「……まさか、全部ひとりで食べる気かしら?」
ヴァッシュがポカンと口を開けている。その顔はとてもかわいらしく、それを眺めながら俺は、頑張って作ってよかったと、心の中で呟いた……。




