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第三十二話 タンラの木

タンラの種を植えてから一週間が経った。毎日観察しているが、芽は一向に出ない。ペアチアトを大量にかけたので、かなり成長が促進されたはずなのだが、何の兆候も見られない。本当に成長しているのか、はたまた枯れてしまったのか、一度、土を掘り起こして見てみたい気持ちもするが、それをすると確実に種がダメになるらしいのだ。


まあ、ダメもとでやったことであるだけに、芽が出なくても特に問題はない。俺はてっきり失敗したのだと思い込んで、その日以降、タンラの種について考えるのは止めにしたのだった。


それからさらに一週間後、裏庭に開墾した畑に種を蒔こうと外に出た。せっかく、徹夜で開墾した畑なのだ。活用しない手はないと考えた俺は、そこにライソルの種を植えようと考えた。ライソルは、一見すると大根のような食材だが、その実は甘く、バナナの味を濃くしたような感じなのだ。食後のデザートにはもってこいの、最近俺が気に入っている食材だ。それに加えて、残った部分には、サツマイモを植えようと考えた。これには、ちょっとした訳がある。クレイリーファラーズだ。


彼女は、ここ最近は、毎日イモを食べている。一日一本で済めばまだかわいい方で、最近は一日に三本は確実に食べている。その理由は、彼女自身、焼き芋を作ることをマスターしてしまい、その味にはまっているのだ。最初こそ、真っ黒に焦がしてしまったり、中まで火が通っていなかったりして失敗続きだったのが、最近ではヴィギトさんに何やらコツを教わったらしく、かなり上手に焼き芋を作るようになっていた。


まさか365日毎日イモを食べるとは思えないが、そうなる可能性も十分に考えられるほど彼女はイモを食いまくっている。そこまでハマっているのであれば、イモを自分で育てさせてみようと考えたのだ。実際、彼女はマジで何もしない。起きたい時間に起きて来て、メシを食らい、森で鳥の観察をちょっとして昼寝をし、おやつを食べて再び森に言って鳥の観察。そして夕食を食べてそのまま寝るという生活を送っているのだ。


いや、これが研究者であれば問題ないのだ。だが彼女はそうではない。単なる鳥愛好家であるだけだ。彼女は忙しいと言い切るが、どう見ても忙しくはない。時間が余っているのであれば、せめて裏庭の畑の面倒を見てもらおうと思ったのだ。しかも、彼女の興味のない作物では断られる恐れが多分にある。サツマイモをならば、きっと自分で栽培してくれるのではないかと思ったのだ。


そんなことを考えながら、俺はゆっくりと裏庭に通じる勝手口を開ける。すると、畑に細い三本の棒のようなものが生えているのに気が付いた。何だと思って近づいて見ると、そこには真っ黒い、細い棒が刺さっていた。


「何だ、これ?」


訝りながらその棒を観察する。そのとき、ふと気づいたことがあった。そういえばここは、タンラの種を植えたところだ。もしかしてこれは……? そう思った俺は、慌てて屋敷に取って返し、ハンモックで熟睡しているクレイリーファラーズに声をかける。


「起きてください。大変なことが起こりましたよー」


「ん……。そちらで対処してください」


「対処しちゃいますよ?」


「お願いします」


「タンラの種を植えた所から、黒い棒のようなものが生えていますが、あれ、抜いちゃって構いませんね?」


「ええ……お願い……え?」


目をカッと見開いたままの状態で、彼女はガバッと起き上がる。俺はその顔を見ながら、諭すように口を開く。


「タンラの種を植えた所に、黒い、細い、棒のようなものが生えています」


「まさか!」


彼女はフワリと床に降り立ち、裸足のまま裏庭に駆け出していった。後を追ってみると、彼女は細い棒のようなものの前で、呆然と立ち尽くしていた。


「こ……これ……タンラの木……タンラの木ですよ……」


「これがタンラの木ですか」


「芽が出て、ここまで育ったのですね……やった、やりました! やりましたよ! これでタンラの実が食べられるかも!」


彼女は満面の笑みを浮かべながら両手を天高く掲げ、その態勢のままクルクルと回り始めた。


「タンラの実~♪ タンラの実~♪ タンタンタンラの実~♪」


何かの呪文かと思われるような節回しで、彼女は歌を歌っている。まるでお能の謡のようだ。そのうち、高砂やぁ~などと謡いだすのではないかと思ってしまう。


やがて彼女はクルリと俺に向き直り、いつものように目は笑っていないが、口元だけをニヤリとさせて、口を開いた。


「しばらくはこの木、私が育てます」


「え?」


「何としてもタンラの実を手に入れるのです。そのためには、この三本の木は、何としても守り通さねばなりません」


「は……はあ……」


彼女は右手の親指と人差し指を口にくわえ、ピィーと口笛を鳴らした。すると、どこからともなく、スズメが数十羽、俺たちの周りに集まってきた。彼女はさらに口笛を数回、ピッ、ピッ、ピッと鳴らせた。それが合図であったかのように、スズメたちは空に飛び上がった。


「あの……今のは、何を……」


「スズメを使役したのです」


「スズメを?」


「ええ。このタンラの木を監視すること、木に害虫が付けばすぐに食べること、そして、この木の周りにも害虫を見つけたら食べること。そして、何かあれば私に連絡をすること。命じたのはこの四つです」


「……」


「さて、木の見張りは彼らに任せて、私たちは食事にしましょう。早起きをしたので、何だかお腹がすいちゃいました。あ、また、サクサクしたおイモを作ってもらえませんか?」


そう言って彼女は満足そうな表情を浮かべて、屋敷に戻っていった。


「朝から油ものを食べるんかい……」


そんなことを言いながら、俺も屋敷へと向かう。このクレイリーファラーズの、鳥を使役できるという能力は、色んな意味で使い勝手がよさそうだ……。そんなことを考えながら、俺は裏庭の畑を今後どうしていこうかと、思いを馳せるのだった。

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