第三百十九話 可能であるか否か
これは上手いのか? いや、ダメだろう。この天巫女に信者などいるわけはないのだ。彼女のファンだ、嫁にしてやってもいいぞと思う人がいるならば、お目にかかりたいくらいだ。
だが、彼女は満足したのか、スタスタと歩き出している。まあ、仕方がないので、フライドポテトをたくさん食べてもらって、胸やけを起こしてもらい、さらに太ると言うイベントを発生させてもらおう。
そんなことを考えながら、俺は馬車に乗った。
「……どうしたのよ、浮かない顔をして」
車窓を眺めていると、不意にヴァッシュが口を開く。俺は居住まいを正して、彼女に視線を向ける。彼女の膝の上ではワオンが気持ちよさそうに眠っている。その体をヴァッシュの手がやさしく撫でている。
「ああ、うん、いやね。ちょっとした発見があってね」
「発見? なに?」
「うん……さっき、砂金を採った山があっただろう? あの山を鑑定してみたんだ。そしたら、金脈を見つけたんだ」
「金脈!?」
「うん。しかもかなり大規模な金脈だ。おそらく、とんでもない埋蔵量がある」
「そ……それじゃ」
「おそらく、俺が治める西キョウス地区はとんでもなく発展すると思う。あ、でも、金山を発見したら、シーズらに取られちゃうかな? それでも、この国は大いに潤うと思う」
「……すごいじゃない。それが本当なら、大発見じゃない。でも、どうしてそんなに浮かない顔をしているの?」
「う~ん。問題が二つあって、一つは、その金脈が硬い岩盤の下にあるんだ。掘り出すのに、かなりの人数と日数がかかるんじゃないかということと、二つ目は、金を精製するのに、山や土が汚れる可能性があることなんだ。山や土、水が汚れると、その周辺に住んでいる人々だけでなく、川などが汚れると、その下流に住んでいる人たちも影響を受ける。このエイビーに流れる川はキーングスインに流れ込んでいる。ここの川が汚れると、シーアのキーングスインは甚大な被害がでることになるんだ。……ヴァッシュ?」
見ると彼女は口をポカンと開けて俺を眺めている。
「あ……あなたって人は、やっぱり変わっているわね。普通なら金山が見つかったら大喜びするものだけれど、あなたは、それを掘った後のことまで考えるのね……。悔しいけれど、私にはその発想はなかったわ。……確かに、私もよくは知らないけれど、金を取り出すのにはとても多い手間がかかると聞いているわ。そんなことをしていたら、土や川が汚れる可能性はありそうね。でも……金山があるとわかったら、そんなことはお構いなしに発掘するんじゃないかしら。それは、この国の宰相様だけでなく、世界中同じだと思うけれども……」
「だから、しばらくは黙っていようと思っているんだ。そう簡単に見つけられないところに金脈はあるから、俺が黙っている限り、わからないと思う」
「そんなの……いつまで黙っているのよ。黙っていられるかしら?」
「それは……周辺地域に影響を及ぼさない金の精製方法が確立されるまで、と考えている。まずは、ハウオウル先生に相談してみようと思うんだ」
「そうね……そうした方がいいかもしれないわね」
ヴァッシュはそう言うと、膝の上で眠っているワオンに視線を向けた。その表情は少し、寂しそうに見えた。
しばらくすると、馬車はトノロの屋敷に到着した。すぐさま俺はハウオウルを自室に招いて、先ほどのことを相談した。パルテックもいるが、この人は信頼できる人だ。いてもらって問題ない。一人足りない気がするが……気のせいだろう。
「可能であるか否かで言えば、可能じゃ」
思いもよらない答えが返ってきた。てっきり無理だと言われるだろうと覚悟していたのだが。彼はずいっと身を乗り出すと、真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「確認しておくが、それは、金を含んだ鉱石を用いて金を取り出すことじゃろうの? 金を含まぬ鉱石からは金は採れん。いわゆる錬金術というのは不可能な技法じゃ」
「もちろん金を含んだ鉱石のことです」
「うむ。それならば可能じゃ。一般的に金を取り出す方法は灰吹法と水銀を利用して取り出すという二つの方法がある。特に水銀を使う方法は、取れ高も少ない割に、川や土を汚す。あまりお勧めはせぬな」
「水銀!? 猛毒じゃないですか」
「じゃから勧めぬと申している。そして、あともう一つは、銅の溶鉱炉を使用して金を取り出す方法じゃ。だが、これには大規模な施設が必要となるし、高い技術力も必要じゃ。今はドワーフたちがこれを可能にしている」
「ドワーフ……。具体的にはどうするのでしょう?」
「儂も詳しくは知らぬが、ドワーフたちは金鉱石と銅鉱石を一緒に溶鉱炉に入れておった。おそらく、設備と共に、銅も必要になるじゃろうな」
「銅ですか……。いや、それならあります。金山のすぐ近くで銅が採れると言っていました。ただ……。銅を手に入れても、その設備が作られるかどうかですね……」
「ウム。鉄が溶けるほどの熱を発するので、そこいらのものでは金を取り出す前に溶けてしまう。熱に強く、しかも、強度のあるものでなればならぬな」
「……あ、もしかして、可能かもしれません」
「うん?」
ハウオウルがキョトンとした表情を浮かべた……。




