第三百十八話 フライドポテト
嘘だろうと思うだろう? そんなのネタに決まってるじゃん、って思うだろう? いや、本当に目が「¥」マークになっているんだ。あのマークを横に倒してもらうと、そうなるのだ。つまりは、Yのわかれている部分が目じりに刻まれた皺で、さらに、目を閉じると、目に二本の縦線が入っているのだ。
あまりの見事さに、俺は絶句してしまっていた。まあ、お金が大好きな天巫女なので、別に驚かないけれど、彼女の欲望がまさかこういう形で現れるとは、ちょっとした恐怖を感じる。
俺の驚きなど知ったことではないとばかりに、クレイリーファラーズは体をくねらせながら喜んでいる。
「スゲェ。目が¥マークになっているよ。まるでマンガみたいだ」
「へ? なんですか、それ?」
「いや、目をギュッと閉じると、目じりと目に皺が入るんですよ。それが¥マークみたいになっています」
「し……失礼な! そんなことあるわけないでしょ! 大体、デリカシーがなさすぎるでしょ!」
「ほう、あなたからデリカシーなどという言葉を聞くとは思ってもみなかったな」
「何ですって?」
「貧乏ゆすりはする、クチャクチャと音を立てて食事はする、ゲップはする、おならはする、それがデリカシーがあると言えるか!」
「さあ……誰の話でしょう?」
「アンタねぇ……」
「ところで、金はどうなのです? 金の塊がゴロゴロしているでしょ? 早く掘り出しちゃいましょう。土魔法でサーッと」
「それは無理だな」
「どうして!」
「ご存じないようだ。金というのは精製が難しいんですよ。金は石の中に僅かにか含まれていないので、その石を溶かして中にある金を集めていかないといけないはずです」
「え? それじゃ、金塊を掘り出すのは?」
「そもそも金塊なんて埋まっていませんって。テレビの見過ぎでしょう。てゆうか、埋蔵金のネタをやっていた番組は、かなり昔の話だろう」
「……チッ、使ねぇな」
再び絶句する。金山を調べろと言われて調べたら、使えない呼ばわりをされてしまった。俺は思わず大きなため息をつく。
「……残念だ。非常に残念だ」
「まあ、金が採れないのは残念ですが、他にも金目のものはあるでしょうから、それをゲットできればいいのです」
「いや、そういう意味じゃなく、オヤツの話ですよ」
オヤツ、と聞いてクレイリーファラーズの体が震える。俺は感情を押し殺した声でさらに言葉を続ける。
「いやね、昨日の夜、トノロさんの屋敷で大量のローコという食べ物を見つけたのです。聞いてみればいわゆるジャガイモですよ。しかも新ジャガだって言うじゃないですか。何に使うのかと聞けば、この街ではローコを食べる習慣はなくて、家畜の餌にしているそうですよ。勿体ない、それだったら貰えませんかと言ったら、快く差し上げましょうと言ってくれました。ついでにキッチンも借りることができましたので、今日のオヤツには大量のジャガイモを使って、フライドポテトを作ろうかと考えていたのですが……。今のあなたの言葉を聞いて、その気分が萎えました。いや、残念だ。新ジャガの、揚げたての、アツアツのフライドポテトに塩をどっさりかけて食べたら、美味しかったろうに……。残念だ、いや、残念だ」
そのとき、クレイリーファラーズのお腹が鳴った。彼女は狼狽えた様子を必死で隠しながら口を開いた。
「つ、作ればいいじゃないですか、フライドポテト。え? どっさり? たくさん? ええ、ええ、ええ。いいじゃないですか。揚げて揚げて揚げて揚げまくればいいじゃないですか。きっと喜びますって、みんな。……喜ぶでしょう! フライドポテト嫌いな人います? 別に、私はいいんですよ、ええ。私は。でも、あの小娘とか、ジジイとかババアは普段美味しいものを食べていないから、きっと喜ぶと思いますよ? 涙なんか流しちゃったりして……。冥途の土産に、食べさせてあげた方がいいんじゃないですか?」
「……まあ、そうだな。じゃあ、ヴァッシュやハウオウル先生、パルテックさんの喜ぶ顔のために、屋敷に帰ったら作りましょうか。あ、ワオンにもあげなきゃね。まあ、あなたはいらないって言っていましたから、別にいいですね」
「ちょっ、な、ヒドイ。ヒドイじゃないですか! フライドポテトだけに、揚げ物だけに、私にもあげるのが筋というものでしょう!」
「ハア? 全然うまくないな。それよりも、言わなきゃいけないことがあるんじゃないのか?」
「……」
「さて、帰ろう。おーい、みんなそろそろ帰ろうか」
「サーセン」
「何だって?」
「す~み~ま~せ~ん~で~し~たっ!」
「……ったく、このバカ野郎が」
クレイリーファラーズはフンと鼻を鳴らすと、スタスタと馬車のある方向に歩いて行った。俺は大きなため息をつきながらふと、金山に視線を向けた。
「フライドポテト、たくさん作って下さいね! 大量にですよ! ちょっとくらいじゃ、私は満足しませんから!」
突然、クレイリーファラーズの声が響き渡った。俺はうんざりしながら口を開く。
「いらないって言っていただろうが!」
「じゃあ、今から上手いことを言うので、許して下さい!」
「ほう、面白い。言ってみろ。上手い答えだったら、ポテトをあげようじゃないか」
クレイリーファラーズはコホンと咳払いをすると、スッと背筋を伸ばした。
「フライドポテトとかけましてぇ~。私、クレイリーファラーズとときます」
「……そのこころは?」
「新ジャガ(信者が)いっぱい」
俺は思わず腕を組んで天を仰いだ。




