第三百十七話 あったあった?
「……土や水の汚れ、でございますか?」
エイビーを収める領主、トノロはそう言って目を丸くした。その点にはまったく意識していなかったといった表情だった。
「そうですね……。確かにこの街は鉱物資源が豊富ですが、その大半は鉄鉱石です。確かに、金や銅も産出しますが、それはごく一部です。ここエイビーは主に鉄鉱石から鉄を作り出している街でございます」
トノロの説明によると、鉄を精製している工房は街はずれにあり、確かにそこでは水は使うが、それは工房の裏手にある池の水を利用していて、特に川の水を使うことはないのだと言った。念のため、その工房を見学したいと言うと、トノロはイヤな顔一つせずに承知しましたと言って頭を下げた。
その日はトノロの屋敷に一泊したのだが、そこでは魚料理は一切出て来ず、主に肉料理が中心だった。水も井戸水や川の水ではなく、ちゃんと魔法を使えるメイドが魔法で出した水を使っていると説明していた。まあ、それなら水などは大丈夫だろうと口を付けたが、サラダなどの野菜類はほとんど食べることができなかった。お陰でその晩はかなり胃もたれをしてしまい、ちょっと苦しい思いをした。
朝までこの調子かと思ったが、確か、テルヴィーニに神様がくれた薬が入っていたことを思い出した。中を覗いてみると、小さな錠剤がたくさん詰まっていた。よくわからなかったが、一粒呑んでみると、その胸やけはたちまちのうちに雲散した。後でクレイリーファラーズに聞いてみたところ、大抵の病気は治してくれる万能薬だそうで、その薬でも治らない病気はいわゆる命にかかわる病気なのだそうだ。つまりは、癌などは治せないとのことで、彼女からは、そんなことも知らないんですかと言われてしまった。明日から、イモの量を減らすことにしようと心に誓った。
翌日、薬のせいか、いつもよりも体調が良い感じがした。朝食の後、早速工房に案内してもらったのだが、見て驚いた。俺の予想をはるかに超えた巨大な、塔のような建物がいくつも建っていた。トノロ曰く、この中で鉄の精製が行われているのだという。
中に入ると、かなりの高温でむせ返るようだった。テレビで見た製鉄所のごとく、真っ赤に焼けた鉄が次々と引き出されていた。多くの男が引っ掻き棒のようなもので焼けた鉄を引きずっていく様は壮観だった。説明によると、ここでは自然の火と魔法で生み出した炎を上手く組み合わせて鉄鉱石から鉄を抽出しているのだそうで、かなり効率的に鉄を産出できているようだった。
さらに驚いたのが、この焼けた鉄を冷やす水だが、その大部分は裏にある巨大な池の水を利用しているのだが、ここでは使用済みの水はろ過して不純物を取り除いて再び池に還しているのだと言う。それでも池の水は汚れるだろうが、俺が予想したような状態になっていないことは確かだった。念のため、土に手を当てて鑑定してみたのだが、確かに土は汚れてはいるのだが、人に甚大な影響を及ぼすほどではなかった。
「ここら辺ではよい鉄鉱石が獲れるのですが、何せ人手が足りないのと、この製鉄塔を作るのにかなりの時間がかかります。精製量を増やしたいとは思うのですが、それはまだまだ先のことになりそうです」
トノロはそう言って苦笑いを浮かべた。ここの鉄の増産に関しては、宰相メゾ・クレールも力を入れているらしいが、如何せん建設に時間がかかるのと同時に、それなりの火魔法の使い手も用意せねばならず、そうしたことがネックとなって飛躍的な増産には至っていないのだそうだ。ただ、ヴァッシュが言うには、それでも他国と比べると相当量の鉄ができているようで、鉄に関して言えば、このエイビーという街は世界でも屈指の鉄の産出地なのだそうだ。
まあ、今のところ水も土も汚染されていないことがわかって一安心した俺は、一旦逗留先の屋敷に帰ろうと皆を促したが、そこにクレイリーファラーズが待ったをかけた。彼女は金が産出される山をどうしても見たいと言って譲らなかった。
「ご希望であればご案内しますが、産出量は多くはございません。ただ、川を攫えば砂金が採れますね」
突然のお願いにもかかわらず、トノロはそう言って案内をしてくれた。
「おお~ここが金が獲れる山なのですね! ワクワクしますね~」
クレイリーファラーズのテンションが俄然上がっていた。気味が悪いとは思ったが、ハウルオウルもヴァッシュも、トノロが勧める通りに川で砂金を探していた。二人とも小さな金を見つけてはしゃいでいた。てっきりこの天巫女もそれが目的だと思っていたが、彼女は俺の目の前で人差し指を振り、チッチッチと舌打ちをした。
「砂金なんて、そんなショボイものなんていりません。私が欲しいのはもっとドデカイものです」
彼女はそう言うと地面を指さして、ニヤリと笑った。
「さ、調べてみてください」
「何を?」
「察しが悪いですねー。金を見つけるに決まっているじゃないですか。さ、調べてみてください」
「あのなぁ。埋蔵金を探しに来てるんじゃないんだから! それに、トノロも言っていたでしょう。ここではあまり金は採れないって」
「もしも、ってことがあるでしょう。一応、調べるんです」
「ヘイヘイ」
俺はしゃがみ込むと、両手を地面に付けて鑑定を始めた。この辺りには……金は埋蔵されていないようだ。もう少し範囲を広げて、この山全体を鑑定してみる。
「……うん?」
「やっぱり? あったでしょ? あったんでしょ? 金が、金がザクザク、ザクザク? いや~ん、楽しみィ~」
俺は呆れながら立ち上がり、掌に着いた土を払う。そして、クレイリーファラーズに視線を向けた。
……彼女の眼が、「¥」マークになっていた。
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