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第三百十一話  工事完了

二日後、堤防は無事に完成した。


この二日間は、朝から晩まで堤防を作っていた。作るコツはわかっていたので、魔法自体は問題なく発動したのだが、何度も繰り返していると、腰が痛くなってくる。作っては休憩し、作っては休憩しを繰り返していたので、割合時間がかかってしまったのだ。


今、俺の後ろには、シーアをはじめとする、この地域の主だった者だったものが集まっていた。それだけでなく、農夫たちも、一体何が起こるのかと不安と期待が入り混じった表情を浮かべながら集まってきていた。


皆、堤防を見ると驚いて固まってしまう。それはそうだろう。今まで見たこともない巨大な建造物が続いているのだから。言わば、突然、万里の長城が現れたようなものだ。


大勢の人がひしめき合っているにもかかわらず、現場は不気味な静寂に包まれていた。俺はというと、淡々と最後の作業を開始するための準備を整えていた。


「さて、これで準備完了、と」


そう言って俺は、シーアの許に向かう。彼は動揺を必死で隠しながら、努めて平静を装って話しかけてきた。


「本当に、大丈夫、かな」


「大丈夫だと思います」


「そ……それなら、いいのだけれど……」


「ホッホッホ。ご領主の土魔法の腕前は天下一品じゃ。この儂が保証するぞい。間違っても、そこいらの雨で堤防が決壊することはないと断言できるぞい」


ハウオウルがにこやかにフォローを入れてくれる。


「ただですね、一つ心配事があるのです」


「し……心配事?」


「はい。いえね、川の流れをこちらに移すに際して、いきなり流れを変えてしまっては、今、川の中で泳いでいる魚が死んでしまう可能性があるのです。川の中の環境が大きく変わりますし、ヘタをすると、川魚が取れなくなる可能性が高いのです。もし、いきなりそうなっては困る、というのであれば、徐々に川の水量を調整していくこともできますが……どうしましょう?」


「ええと……すまない。どういうことかな?」


「ご覧の通り、新しい川は、土を固めて作ったものです。対して、今流れている川底は、石もあれば苔も生えている。水草だってある。それらは魚が育つうえで大切な環境だと思うのです。流れを変えてしまうと、その環境がすべて失われることになります。そうなると、新しい川には魚はしばらく居つかなくなるでしょう。その辺は大丈夫でしょうか?」


「川魚が獲れなくなる、の、か……。それは……」


シーアはオロオロとした表情を浮かべながら、周囲を見廻している。傍にいた家来たちも、どう答えてよいのかわからずに、互いに顔を見合わせている。何か、堰のようなものを拵えて、そこで流量を調整してもらおうか……そんなことを考えた矢先に、男の声が飛んだ。


「そのまま川を移してくれ! 魚が採れなくなっても構わん!」


声の方向に視線を向けると、初老の農夫が、背伸びをしているのか、人ごみの中から顔を出したり引っ込めたりしながら、必死の面持ちで俺たちに訴えかけようとしていた。


「大水で儂らの畑が流されないのなら、魚は取れなくてもいい! それは別に買うことができる。それよりも、大水が起きないようにしてくれ!」


俺は大きく頷く。彼の意見に反対意見が出なかったところを見ると、農夫たちの意見は皆、同じなようだ。


「では、川の流れを変えてしまいますね」


俺はシーアに向けてそう口を開く。彼はオドオドしながら、ゆっくりと頷いた。


人ごみをかき分けながら、川の分岐点まで歩く。ぞろぞろと後ろから付いてくる人々を、危ないからと言ってとどめて、その場にしゃがみ込む。右手を地面に付けて、頭の中でイメージを明確にする。


新しい水路と川を隔てている土壁を取り除く。その際、土壁の部分は対岸に集めてしまう。言ってみれば、土壁の部分を対岸に寄せてしまう感じだ。


「ハッ」


詠唱を終えると共に気合を入れて魔法を発動させる。一瞬のうちに土壁が取り除かれ、川の水が勢いよく流れ込んできた。


俺が座っている場所と、人々が眺めている場所と川を隔てる格好となってしまった。俺は再び地面に右手をつき、周囲の土を錬成して、対岸を繋ぐ橋を作った。


錬成が上手くできているか、注意しながらできたばかりの橋を渡る。そして、大きな土の塊となっている、先ほどの土壁に手を当て、さらに魔力を込めて発動させる。すると、今までの川の部分に土壁が築かれて、川は完全に流れを変えた。


新しく作った川は、黒い水が流れ込んでいるが、今のところはちゃんと流れているようだ。


期せずして大きな拍手が起こる。皆、呆然とした表情を浮かべながら拍手をしている。何とも不気味な光景だ。


俺はシーアに、堤防にヒビなどが入っていないのかを確認してほしいと要請すると、彼は慌てながら部下に堤防を確認しろと命じた。家来たちは顔を見合わせていたが、やがて、ぞろぞろとその場を後にしていった。それと同時に、集まった農民たちも、シーアらと一緒に堤防を確認すると言って、皆、その場を後にしていった。


「やったわね」


ヴァッシュが嬉しそうな表情を浮かべている。その表情に俺の心が少し軽くなった。


「少し疲れたよ」


「そうでしょうね。早く戻って、今日はゆっくり休む方がいいわ」


「うん、そうすることにするよ」


ホッとしたためか、体の底から、達成感が湧き上がってきた……。

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