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第三百十話    こんなもんか

次の日から俺は、川の掘削工事に取り掛かった。


「それでは、やってみます」


「ウム」


ハウオウルと短い会話を交わして、俺はその場にしゃがみこんだ。傍にいるのは、ハウオウル一人だけだ。


心配したヴァッシュが自分も一緒に行くと言ったが、そこは断った。ちょっと失敗する予感がしたのだ。いや、少しくらい失敗しても、ヴァッシュが俺のことを嫌いにはならないだろうが、例えば、地下水などが噴き出して、彼女をビチョビチョにしてしまう……みたいな。そんな予感が脳裏をかすめたのだ。それに、ハウオウルが、こういう作業は少人数がよいと言ったのも決め手だった。やはり、工事の規模としてはかなり大規模なものになる。そのため、色々な試行錯誤が必要にもなるだろう。多くの人が関わるのは、ある程度方向性が決まってからがよいという意見に、賛成したのだ。


掘削と言っても、土魔法で穴を掘っていくだけだ。本格的にこの魔法を使うのは久しぶりなので、ちょっとした不安があったのだが、両手を土に付けた瞬間、以前の感覚を思い出した。


「……ハッ」


頭の中でイメージしたものを、魔力に込めて両手から出す、という感覚で、魔法を発動させる。その直後、ドン、という何とも不気味な音が響いたかと思うと、土煙がもうもうと立ち昇った。


「ホッホッホ、これは……」


目の前には、いびつな形をしたものが出来上がっていた。いや、これは俺のイメージ通りのものができていた。だが、ハウオウルは不思議そうな表情を浮かべている。


「大丈夫です。ちゃんと、イメージ通りできています。こんな感じで、川を作っていこうと思います」


「ほう。ずいぶん変わった形じゃな。左側の堤が高くて、右側の堤が低い……。これは何か意味があるのかの?」


「ええ。この川をキーングスインの堀とするのが狙いです。そのために、キーングスインの街がある方向の堤を高く作り、荒れ地側の堤を低く作りました。これで、もし、大水が起こっても、水は荒れ地側にまず溢れていくという計算です」


「なるほどの。そうなれば……あそこの山の斜面まで、この荒れ地が沼化すれば、敵は相当難儀するじゃろうな」


「なるほど。その手がありましたか」


そんなことを言いながら、次々と土魔法を発動させる。次々といびつな形の堤防が出来上がっていく。それと同時に、作った堤防を錬成で固めていく。特に右側の堤防は、単なる巨大な壁のようになっているので、人が上がりやすいようにスロープ状に土を慣らしていく。


「こんなもんかな?」


作業を始めて一時間程度で、およそ百メートルの堤防が完成した。川幅を広くとったので、対岸から飛び越えてくることはできないだろう。そんなことを考えながら、ハウオウルに視線を向ける。彼は顎髭を撫でながら、じっと堤防を眺め続けていた。


「ううむ……見れば見る程に、見事なものじゃな」


「そうですか?」


「これが完成すれば、この街は世界最強の砦の街となるじゃろうな」


「いや、そこまでは……」


「ここに川の水が流れ込むのじゃろう。川の深さもさることながら、川の流れが、堤を削っていくじゃろう。そうなれば、もし、敵が攻めてきたとしても、この川の堤をよじ登るのは難しくなるじゃろう。それに、この堤の中は巨大な農村地帯となるのじゃろう。そうなると、まさに難攻不落じゃな」


「いや、わかりませんよ。街に向けて炎の玉を大量に投げ込まれでもしたら、アッと言う間に、この街は灰燼に帰します。それに……。内部から裏切り者が出れば、どんなに難攻不落の城を作っても、すぐに瓦解してしまいますよ」


「……確かに、そうじゃな。フオッホホホ」


ハウオウルはゆっくりと歩き出し、俺が錬成した堤防を手でコンコンと叩き出した。彼はしばらくその行動を続けていたが、やがて大きなため息をつくと、大儀そうに俺の許に戻ってきた。


「ウム。魔力の練り具合と言い、完成度の高さと言い、文句なしじゃ。もう完璧に、土魔法は身に付けられたな」


「そんな……まだまだです。それに、まだ、火と水の魔法がほとんど使えません。いずれ機会を見つけて、先生にまた、特訓していただかないと」


「ホッホッホ。ご領主が火と水の魔法を極められたら、世界最高の魔導士となるじゃろうな」


「そんなことは……身に付くかどうかはわかりません」


「ご領主の才能であれば、時間をかければ身に付けられよう。そうじゃな……また機会を見つけてみっちりと修業をするかの。ただ、これからは忙しくなるぞい。魔法の修練をしている時間など、あろうかの」


「頑張って時間を作ります」


そんなことを言い合いながら、俺たちは笑みを交わし合った。何となく、だが、俺はふと思うことがある。この先生がある日突然、ふらりと俺の前から姿を消すのでは、と。最近、彼は寂しそうな笑みを浮かべることが増えた気がするのだ。単なる俺の思い過ごしであればいいのだが……。


「ご領主」


「はっ、はい」


不意に呼ばれて体が震える。彼は相変わらず笑みを浮かべながら口を開く。


「魔力の方は、大丈夫かの?」


「大丈夫……と言いたいところですが、かなり魔力を消費しました。正直言うと、少し体がダルイです」


「ホ、そうか。ならば一旦、帰るとしようかの」


「そうしましょうか」


……魔力は全然大丈夫だった。俺は彼に少しウソをついてしまった。

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