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第三十一話 懇願

クレイリーファラーズの瞳孔が開いている。舌をちょっと出しながら、ニヘラっとした笑みを浮かべている。それは恍惚の笑みと言ってよかった。


はあーはあーと彼女の息遣いが聞こえてくる。かなり興奮しているようだ。俺は無表情のまま彼女を見据えている。そんな状態に耐えきれないかのように、彼女はゆっくりと口を開いた。


「お願い……。お願いします……。はやく……はやく……」


「どうして欲しいんです?」


「いっぱい……いっぱい……かけてぇ……」


「何をかけるんです?」


「意地悪言わないで……はやく、かけてぇ……」


「じゃあ……いっぱいかけますよ?」


「お願い、早く、早くゥ」


俺はズボンからそれを取り出し、握り締める。そしてそれをゆっくりと振る。すると、しばらくすると、大量の液体が放出されていく。


「そう! もっと! もっと! もっとぉぉぉぉぉ!!」


クレイリーファラーズの絶叫にも似た声が響き渡った。



「ふぅ~」


俺は大きく息をつきながら、ダイニングの椅子に腰かける。その様子をクレイリーファラーズは満足そうな表情を浮かべながら見つめている。


「ご苦労様でした」


「あんなにかけてしまって、大丈夫なんですかね? 大量にかけましたよ?」


「いいのですよ。多いに越したことはありませんから」


彼女はうふふと笑みを漏らしながら、ゆっくりと窓の外に視線を移した。



事は朝食を済ませ、村の畑の見回りを終えて帰宅したときにはじまる。


屋敷に帰ると、ヴィギトさん夫婦がにこやかに俺を迎えてくれたが、クレイリーファラーズの姿はない。いつもは俺の帰宅を今や遅しと待っているのだが、今日に限って姿が見えない。どこに行ったのかと聞いてみると、裏庭にいるという。不思議に思いながら外に出てみると、クレイリーファラーズが躍っていた。


そう、躍っていたのだ。きっとあれは躍っていたのだと思う。ラジオ体操のような動きだったが、何やら鼻歌交じりに動いていて、たまにクルクルと回っていたのだから。


あまりに不気味な動きに、少々引いてしまったが、取りあえずは声をかけることにする。


「何やっているんですか?」


「あ、おかえりなさい。見てわかりませんか!?」


「何かの悪魔を召喚している?」


「そんなわけないでしょ!」


「誰かを呪っているとか……」


「あのですね、あなた、私を何だと思っているのですか? 人を不幸に陥れるとか、人に憎しみを持つとか、そんな人物に見えますか? 天巫女ちゃんですよ? 世の中の人々から神の使いとして崇められている人気者の天巫女ちゃんが、そんなことするわけがないでしょう?」


「でも、あなたは、人の不幸が大好きですよね?」


「……」


「俺が火傷したり、怪我したりすると、ものすごくうれしそうな顔しますよね? たまに、ウエッヘッヘッヘってゲスい笑い声なんか上げちゃったり……」


「それは、あなたもでしょ! むしろあなたの方が、人の不幸を楽しんでいませんか!?」


「まあ、それは否定しない。お互い様でしょうね」


「まったくもう!」


彼女は腕を組みながらプリプリと怒っている。天巫女をからかうのも飽きたので、屋敷に戻ろうとすると、いきなり腕を掴まれた。


「何です!?」


「そこを見てください!」


クレイリーファラーズが指さす方向に目を凝らすと、緑色の、枝豆を一回り小さくしたような粒が土の上に落ちていた。俺は訝しそうな表情を浮かべながら、彼女の方向に振り返る。


「それが、タンラの種です」


満面の笑みで口を開くクレイリーファラーズ。不気味さが半端ではない。俺は、ほうと息を吐きながら、ゆっくりとしゃがみ込み、その種を見つめる。


「どうです? 興奮するでしょ?」


「……いいえ、全く」


「あなたねぇ! 少しは喜びを分かち合うことを知らないのですか!」


「お言葉ですが、クレイリーファラーズさん。俺はタンラの実を見たこともないし、食べたこともないのですよ。そんな俺に喜べというのは間違っちゃいませんか?」


俺の反論にぐうの音も出ないクレイリーファラーズは、ううっと唸り声をあげるのが精いっぱいのようだ。俺はため息をつきながら、ゆっくりと口を開く。


「お昼ごはんをもらってきましたよ。冷めないうちに食べましょう」


「ダメ!」


予想外の大声にビクッとなる。それに、この食いしん坊天巫女がお昼を食べようとしない行為が、俺をさらに驚かせる。そんな様子には全く構わず、彼女は俺の腕をぐっと掴んだまま、懇願するように口を開いた。


「すぐにタンラの実を育てましょう」


「は?」


聞けば、タンラの実を育てるのは、相当難しいらしいのだ。まず、発芽させること自体が難しい。豊富な養分と十分な日当たりというのが絶対条件であり、その他にも生育するための条件がいくつかあるらしく、自然の中でこの種が育つことはかなり稀なのだそうだ。そう考えると、タンラの実が希少種でかつ、神のデザートと言われている理由が分かる気がする。


「ペアチアトをかけるのです!」


彼女はタンラの種に足で土をかけながら、力強く提案してくる。て、ゆうか、足で土をかけるの、乱暴じゃね?


クレイリーファラーズが言うには、春の間にこの種を生育させて、あわよくばタンラの実をゲットしようという腹積もりのようだ。俺も神のデザートにはちょっと興味がある。早速屋敷に戻って、ペアチアトを振りかけましょうかと俺が提案すると、彼女はニヘっとした笑みを浮かべた。


「これで、数日後には実がなるはずです、楽しみだわ~」


ゴキゲンのクレイリーファラーズだった。そんな様子を見ながら、俺は屋敷に戻り、ペアチアトの瓶を持って来る。そのとき、こんな考えが俺の脳裏にふと浮かんだ。


タンラの種を植えたのは、屋敷のすぐ前の畑だ。確かこの種はラーム鳥が糞と共に落とすと聞いていた。とすれば、ラーム鳥の巣は森の中にある。俺は森近くの畑に向かい、そのあたりを重点的に見て回る。


「あ、これも、そうじゃないですか?」


念入りに見ていくと、なんと3つものタンラの種が見つかった。俺はクレイリーファラーズが見つけた種を土ごともっていき、ここにタンラの種を一列に植え替えた。そして、ペアチアトをかけようとする。


「はあ、はあ、はあ、タンラの実が、神のデザートが食べられるかもしれないなんて……興奮するわ」


「でも、イモの方が美味しいんじゃないんですか?」


「それとこれとは別です! タンラの実は、タンラの実で美味しいのです! 楽しみだわ、本当に楽しみだわ。興奮を抑えきれません……」


「ふぅ~ん、そんなもんですかね?」


「そんなことより、お願い……。お願いします……。はやく……はやく……」


クレイリーファラーズは、はあ、はあと恍惚の表情を浮かべながら、俺に視線を向け続けるのだった……。

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