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第三百九話   とんでもない

クレイリーファラーズの眼が爛々と輝いている。相当自信があるようだ。いや、欲望の方が強いと言ったところか。


「まあ、それも一つの案として聞いておこう。まずは、この土地の状況を見てからだ」


そう言って俺は、彼女を宥める。クレイリーファラーズは、力強く頷いている。


そんなことを話しているうちに、食事はお開きとなった。早速、この土地が見下ろせる場所に向かおうと馬車を用意してもらう。


用意はすぐに整った。すぐに出発しようとしたとき、何とシーアも行くと言い出した。彼は馬車ではなく、馬に乗って俺たちを先導するという。


彼は他に二人の騎士を連れて現れた。そして、後から付いて来るようにと言って馬を駆った。


よくは見えなかったが、折に触れて窓から見えるシーアの姿は、こう言っては失礼だが、意外と格好がよかった。背筋をピンと伸ばしながら馬を駆る姿は、さっきまでの優男の雰囲気はなく、威厳に満ち溢れていた。


三十分ほど走っただろうか。馬車がゆっくりと止まった。馭者が小走りに走ってきて扉を開ける。降りて見廻してみると、まだ山の頂上ではないところで止まっていた。よく見ると、頂上はすぐ近くに見えていた。聞けば、勾配がきつくて馬車では上がれないのだという。なるほどと納得して、俺たちは歩いて山を登ることにした。


俺はヴァッシュの手を取り、ハウオウルはパルテックの手を取ってゆっくりと山を登る。クレイリーファラーズは、なぜかプリプリと怒りながら、早い足取りで俺たちを追い越していった。


「うお~すっげぇ!」


一足先に頂上に着いたクレイリーファラーズが声を上げた。その声に後押しされるように、俺たちも足早に頂上を目指した。


……まさに絶景と言ってよかった。ここに来て最初に見たときは単に風光明媚な景色だと思ったが、この日は絶好の快晴だった。日の光に照らされて、木々は深緑色に染まり、川も太陽の光を反射して、見事な美しさを湛えていた。確かに、この景色だけで、十分観光にくる価値はあるかもしれない。


そんなことを考えながら、俺はじっとこの土地を眺めた。


「こうして見ると、意外に耕作地が少ないわね」


ヴァッシュが誰に言うともなく呟く。確かに、川の周囲には湿地帯のような場所がいくつもあり、耕作地と呼べる土地はあまり多くはない。どうやら川の水が逆流して流れ込んでいて、そこが湿地帯と化しているようだ。


今俺たちが立っている場所から、シーアの屋敷に視線を移す。なるほど、確かに攻めるに難く、守るに易い土地だ。無数に見える沼地が何ともいい感じだ。あそこに敵をおびき寄せたら、いかに大軍とはいえ、進軍することはできなくなる。俺だったらどう攻めるだろうか……。王都からの補給路を断って兵糧攻めにするのが一番得策だろうか。それとも、川が再び集まる地点を埋め立ててしまって、いわゆる水攻めにするのがよいだろうか。いや、後者は、王都からくる援軍と戦いながら堤を構築しなければならないから、かなりの労力を使う。とすれば、やはり兵糧攻めか。イヤ待てよ? 王都の援軍が到着する前に、電光石火で囲んでしまえば……。


「ねえ、どうなのよ?」


ヴァッシュの声で我に返る。いかんいかん。全然違うことを考えていた。そうだ。この土地の収穫量を増やすアイデアを出すためにここに来たんだ。


俺はヴァッシュに笑みを向けて、再びこの土地を眺める。


「……うん、やってみる価値はあるんじゃないかな」


「どういうことよ?」


俺は説明しようとするが、そのとき、シーアがキーングスイン地域の地図を持ってきた。ちょうどよいと言って、それを皆の前で拡げてもらう。


「ほら、ここ。ここだよ、ここ」


皆が地図を覗き込んで、俺が指さす場所を眺める。


「ここがどうしたのよ? 川の根元にある場所よね?」


「そうだ。ここに堤を作るって言うのはどうだろう?」


「え? 何を言っているの?」


「要は、川の流れを変えてしまうんだ」


俺は指で地図の一部をなぞる。


「ここに堤を築けば、川の流れは、大きく西側に変わる。ここから流れる水がなくなれば、キーングスインに水が流れてこなくなる。そうなれば、川のあった場所が丸々農場にすることが可能だ」


「沼はどうするのよ?」


「川の流れを変える……そのためには、川を深くしなければならない。そのときに出た土を使って、沼を埋め立てるんだ」


「それって……」


「そうなれば、ここは一大農場地帯に生まれ変わる。防衛力が落ちると思われるだろうけれど、西側に広い川ができれば、これを丸々堀として使える。東側は言うまでもなく高い山がそびえている。これが上手くいけば、たとえこのキーングスインが囲まれてしまったとしても、食料は自給自足できるので、兵糧が尽きる心配がない。やり方次第では、何年間も持ちこたえることが可能になる」


ヴァッシュは口をあんぐりと開けたまま、ゆっくりと俺に視線を向けた。


「あなたって……本当に、とんでもないことを、考えるのね……」


俺は思わず笑みを浮かべた。

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