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第三百七話   魚料理

俺の準備はたちまちのうちに整った。別に化粧をする必要もなければ、装飾品を身に付ける必要もない。単に着替えるだけなのだから、早く済むのは当然と言えば当然なのだが。


部屋を出ると、すでにメイドがやって来ていて、俺たちを待っていた。彼女は恭しく一礼すると、ご案内いたしますと言って、部屋の扉を開けた。


てっきり長い廊下を歩いてくのかと思いきや、思いのほか早く部屋に着いてしまった。部屋に入ると、シーアが小ぎれいなかっこをして控えていた。彼は俺たちの姿を見ると、飛び上がらんばかりに驚いた。


「まっ、まさか正装しておいでになるとは! 失礼しました。すぐに私も着替え……」


「ああ、いえいえ。その必要はありません。すみません、俺たちこそ……」


「フォッフォッフォッ。兄君、まあ、そう言わずに。ここはご領主と兄君しかおらぬ。儂らは単なる空気のようなものじゃ。そんなに畏まらんでええ」


ハウオウルが笑顔でとりなしてくれる。その言葉を聞いて、シーアは申し訳なさそうな表情を浮かべながら席に着いた。


……何やら、気まずい空気になってしまった。何とかしなければ。


「この度は……」


その空気を察したのか、ヴァッシュがよく通る声で口を開いた。シーアはビクッと体を震わせて、彼女に視線を向けた。


「お招きにあずかりまして、ありがとうございます」


「いっ、いや、何も、何もおもてなしはできませんが、せめて、せめて、何か、お疲れが取れるようにと、このようなもてなしを、致す次第です」


オロオロと挙動不審なシーア。一体、どうしたんだ。何をビビっているんだ?


ヴァッシュはそんな兄を、とてもかわいらしい笑みを浮かべながら眺めている。ふと、クレイリーファラーズと目が合う。彼女はなぜか俺にウインクを飛ばしてきた。ろくでもないことを考えていることだけは、何となくわかる。


シーアは、部屋の扉の近くに控えている男に向かって頷くと扉が開き、皿を持ったメイドたちが入ってきた。彼女らは手際よく俺たちの前に皿を置いていく。これは……魚料理か?


「美味しそうですわ」


ヴァッシュが目をキラキラさせながら口を開く。それを受けて俺たちも笑顔になる。


出された料理はいわゆる、カルパッチョのような料理で、なかなか美味しかった。その後はスープが出て、魚料理が出た。この魚は……もしかして、鮎?


どこからどう見ても鮎だ。これは美味そうだ。ふと見ると、ヴァッシュとパルテックが見事な所作で、魚と対峙している。


彼女らはどこからともなく折りたたんだ紙を取り出し、それを魚の上に載せたかと思うと、尻尾やエラを取った。そして、フォークで満遍なく魚を押さえたかと思うと、魚の頭を取って引っ張ると、骨がスッと抜けた。あまりの見事さに、思わず拍手をしたくなった。


「どうしたの?」


「いや、見事だと思ってさ」


「……」


ヴァッシュはキョトンとした表情を浮かべている。俺は彼女を横目で見ながら、魚をフォークで突き刺して、そのまま頭から齧った。


「……!?」


ヴァッシュとパルテックが声にならない声を上げる。まさか、丸かぶりをするとは思わなかったようだ。いや、鮎はこうして食べるのが一番美味い。


「……うん、美味い。塩加減も抜群だ」


「フフフ。ご領主はよくわかっておいでじゃの。儂も、魚はこうして食べる」


ハウオウルも俺と同じように頭から丸かぶりをしている。クレイリーファラーズはというと……。ナイフとフォークを使って、身を取り分けている。何やら奇妙な食べ方だが、まあ、これはこれでアリだろう。


「それは、先ほど川で獲れたもので、脂ののった一番よいものを用意したんだ」


シーアが我が意を得たりと言わんばかりに、口を開く。何だかとても嬉しそうだ。


「ここキーングスインでは、色々な川魚が獲れるんだ。私は、この魚を何とかして、王国内で売りたいと思うんだ」


「え? 王国内でですか?」


俺の言葉に、シーアは深く頷く。


……その気持ちはわからなくはないが、生魚を運び出すのは難しいだろう。酢でしめるか、干物にするならば可能性はなくはないだろうが。むしろ、魚を外で売るより、観光客をキーングスインに呼び込んだ方が早そうだ。俺はシーアにそのことを丁寧に説明した。


「う……確かに、そうかも、しれない、ね」


明らかに落胆の様子をシーアは見せる。一体どうしたのだと聞いてみると、彼は肩を落としながら、ポツポツと口を開いた。


「明日……高台に行くと聞いたんだ」


「はい。そのつもりですが……」


「きっと、統監様は、この土地には何の魅力もないと思うことでしょう」


「いいえ、そんなことはありません」


「いや、このキーングスインという土地は、川に囲まれている。そのために、多くの川魚がいる。農作物の収穫量は低くとも、その他の資源がある。それをわかってもらいたいのです」


「……なるほど」


「ですから……こう申しては恐縮ですが、何とかして、いや、何とかしますので、税の……税の納入時期を少し、待ってもらいたいのです」


シーアはまるで縋るような表情を浮かべている。俺はようやく、彼がどうしてこうもへりくだった態度を取るのか、その理由がわかった。

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