第三百五話 水対策
シーアの屋敷に戻ると俺は、キーングスインの地図を取り寄せて、改めてこの土地を観察した。大小さまざまな川が縦横無尽に走っていて、ある意味では見事な土地だった。それは、戦になった場合、この土地を抑えていれば、王都の防衛は強固になるからだ。
リリレイス王国の当面の敵は、隣国のインダーク帝国だ。今のところ、宰相同士の話し合いで、この帝国とは停戦協定が成立しているが、それが未来永劫に続くかどうかはわからない。俺としては、宰相であるニウロ・アマダがいる限りは、和平は続くと思っているが、彼が宰相の座を降りてしまえば、あとのことはわからない。
もし、ラッツ村が陥落し、インダーク軍が王都に迫った場合、最終防衛ラインとなるのがこのキーングスインだ。だが、この土地は、この川のお蔭で実に守りやすくなっている。
このシーアの屋敷は高台に位置していて、西からやって来る敵が丸見えになる位置にある。敵はこの屋敷に到達するために、いくつもの細い道を通るため、どうしても軍を分散させねばならない。それが狙い目となる。各部隊に別れたところを各個撃破していけば、少ない人数でも守り切れるのだ。
それに、敵を川におびき寄せるという作戦も取ることが可能だ。川に敵を追い落としてしまえば、身動きが取れなくなる。その時をついて魔法や弓矢で攻撃を仕掛ければ、敵に大打撃を与えることができるのだ。
さらに、この大小さまざまな川は、補給路としても活用できる。このキーングスインという土地を丸ごと包囲する程の数十万の軍勢を仕立ててくれば話は別だろうが、そこいらの軍勢では、この土地を落とすことは至難の業だろう。さしずめ、俺だったらどう落とすだろうか。やはり、「水攻め」だろうか。
色々と考えてみたが、それは難しそうだ。どこかの川をせき止めても、水流を完全に押さえこむことはできないだろう。と、すれば、水攻めは成立しなくなる。
「ホッホッホ、楽しそうじゃな」
地図とにらめっこをする俺に、ハウオウルがにこやかに話しかけてくる。俺は思わず笑みを漏らしながら頭を振る。
「いや、軍事的に考えてみれば、この土地はとても守りに固いですね。これを攻め落とそうとすれば、どんな手段があるだろうと考えていましたが、いい案は浮かびませんね」
「ホッホッホ。ご領主がそう思っておいでじゃったら、きっと敵も同じことを思っておるじゃろうて」
「そんな……」
「何の話? 楽しそうね」
俺とハウオウルの間に、ヴァッシュが割り込んでくる。やはり、将軍の娘だからか、彼女もそうした戦略的な事柄に興味があるようだ。
「う~ん、私だったら、この屋敷の者を裏切らせて、屋敷に火を放たせるわ。そうすれば、このキーングスインを陥落させることができるわ」
「なるほどな。敵に気づかれないほどの、疾風迅雷の速さでこの街に攻め寄せると同時に、屋敷に火を放たせれば、占領することはできるかもしれないな。さすがはヴァッシュだ」
そんな話をしていると、ハウオウルが地図をじっと眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「この街は軍事上の利点があるために、街の開発は後回しにされ続けてきた。それに、毎年のように川が氾濫して、作物に被害を与えてしまう。せめて、治水工事を行えばよいのじゃがな」
確かに、地図で見る限り、一旦増水してしまうと、街全体に被害が広がってしまいそうだ。せめて、増水したときに、増えた分を溜める池でもあればよいのだろうが、それをどこに作ろうかと考えて見ても、なかなか難しそうだ。
「この最も太い川の部分に、大きなため池を作ってはどうでしょう? 普段は空池にしておいて、増水したときにここに水を流し込む、みたいな……?」
「ホッホッホ。そうじゃな。一番氾濫が起こりそうな川の根元に、大きな池を拵えれば、氾濫する回数は減らせそうじゃな」
ハウオウルは髭を撫でながら頷いている。だが、ヴァッシュは俺の意見に真っ向から反対する。
「ダメよ。どうせやるなら、根本的に解決させなくっちゃ」
「う~ん。となると、ダムを作るしかないな」
「ダム?」
「この川の上流をせき止めて、大きなため池を作るんだ。ただ、そのためには、常にため池の水位を見ながら、水を流す量を調整しなきゃいけないから、少し難しいとは思うけれどね」
「でも、それでこの街が川の氾濫から守られるのであれば、そうすべきだわ」
「う~ん」
確かに、ヴァッシュの言うことも一理ある。だが、川上にダムを造るとなれば、かなり大規模な工事になるだろう。俺の土魔法を駆使しても、どのくらいかかるかわからない。ええと、そもそもどうやって作るんだ? 川の周囲に高い壁を作って、最後に川をせき止めて……か。これは一歩間違えば大惨事になる可能性があるな……。
俺は思わず天を仰ぐ。キーングスインの軍事上の利点も捨てがたいし、さりとて、これをこのまま放置してよいとも思えない。
大きなため息をつきながら、ゆっり目を開けて、再びテーブルに広げられている地図に視線を向ける。
……うん? これって? ……どうなんだろうね?
頭の中に、何かが閃いた。




