第三百四話 難しい土地
このキーングスインという土地が、作物を育てるのに向いていないというハウオウル。その理由を訪ねてみると、口で説明するよりも、実際に見た方が早いという。ならばと、早速、どこか高台に上がって、この土地を見てみようということになった。
「じゃあ、シーアの兄にその旨を伝えましょう」
俺がそう言うと、ハウオウルはその必要はないと言う。それは、俺がこの西キョウス地区の統監だからだ。
「言わば、このキーングスインという土地は、ご領主のものじゃ。国王から与えられた自分の土地を見に行くのに、誰の許しが必要じゃろうか。ご領主が気の向くままに出かけても、全く問題ないのぅ」
「ですが先生、これまでこのキーングスインという土地を管理してきたのは、兄のシーアです。一旦、断りを入れたいと思います」
「ホッホッホ。ご領主は律儀じゃ。そうなされ、そうなされ」
ハウオウルは、顎髭を撫でながら鷹揚に頷いた。
俺は、館の者に、この街が一望できる場所に案内してほしいと頼むと、すぐさまシーアが家来を伴ってやってきた。
「この土地をご覧になりたいと仰せと伺いました。一体、何か、不都合な点でもありましたか?」
「いえ……そうではありません。単に、俺が興味を持っただけです。ここまで来る道中が、とてもいい景色だったので、上からの全体像を見たいと思ったのです」
「そ……そうですか。そういうことなら……」
シーアは少しオドオドした様子を見せながら、家来に何事かを呟くと、そそくさとその場を後にした。
それからすぐに馬車が用意され、俺たちは再びそれに揺られて外出することになった。
シーアが用意した馬車は、俺たちが使っていたものよりも一回り大きく、全員が一台の馬車に乗ることができた。俺の隣にはヴァッシュが座り、その隣には、ハウオウルが座った。そして、俺の目の前にはクレイリーファラーズが座り、その隣は、パルテックだ。
「さっき、シーア様の様子がおかしかった気がするけれど、見られて何か困ることでもあるのかしら?」
馬車が走り出してしばらくすると、ヴァッシュが声を潜めながら話しかけてきた。それに対して、ハウオウルが笑みを浮かべながら口を開く。
「そうじゃな……。察するところ、己の力量不足が露呈するのがイヤなのじゃろう」
「力量不足?」
「このキーングスインという土地は、実に難しい土地じゃ。王都のすぐ隣に位置しているために、防衛線としての位置付けもある一方で、作物の生産力も上げねばならない。じゃが、その二つの課題を解決することは困難じゃ。ここは代々ユーティン子爵家が治めておるが、その課題を解決できずに、ズルズルと時を過ごしておるのじゃ。土地が広ければ、何とか打つ手もあるのじゃが、如何せん、土地自体が狭いために、どちらか一方に注力することもできぬのじゃな」
「はあ……」
ハウオウルの説明は何だか、わかったような、わからないような内容だったが、それはこの土地を見て、初めて理解することができた。
「うわ……」
俺は高台からこの土地を見た瞬間、絶句してしまった。思った以上に美しい景色だったからだ。だが、すぐにこの土地の抱える問題に気が付いた。この土地は言ってみれば水郷地帯で、狭い土地の中に縦横無尽に、大小さまざまな川が流れていたのだ。
なるほど、確かに防衛という観点から考えると、この土地は実に攻めにくい土地だと言える。川があちこちにながれているため、必然的に道は狭くなる。ということは、敵は大軍で攻めてきても、兵力を分散させねばならない。それを狙って、大将の軍を狙い撃ちすることは十分可能となる。だが、作物の収穫量という点においては、大きな困難を伴うと言わざるを得ない土地だ。
「ここは、一度大雨が降れば、すぐに川が氾濫するのではないのですか?」
「さすがはご領主じゃな。まさにその通りじゃ。このキーングスインという土地は、長年にわたって川の氾濫に苦しんできた。治水対策を施そうにも、すべての川、となると、莫大な費用がかかる。それもあって、治水対策は進まず、川はいつも氾濫する。そうなると、作物の収穫高は減る一方なのじゃ」
「これは……難しいわね。でも、何か……何とかしないと……」
ヴァッシュも鋭い視線を向けながら、誰に言うともなく呟いている。彼女の頭脳をもってしても、有効な手段は導き出せないようだ。
ふと、クレイリーファラーズに視線を向ける。彼女は俺たちから少し離れたところで、何やらぼんやりとキーングスインの土地を眺めていた。ブツブツと何かを呟きながら、時おり手を動かしている。何か策でもあるのだろうかと近づいてみる。
「……ここだ。ここだろう。ここが弱点だな」
ほう、ちゃんと考えているんだなと思いながら、さらに彼女の言葉に耳を傾ける。
「……に、兄さま、やめて」
「やめて? 気持ちいいのだろう? 素直に気持ちいいと言え。ここはどうだ?」
「にっ、兄さま……兄さま……ああっ、どうして? どうしてやめるのです?」
「どうした? 気持ちいいのではないのか? 気持ちいいと言えば、もっときもちよくしてやる。ほら、どうだ?」
「うっ、うっ、うっ……きっ、気持ちい、いい、です……」
「よく言った、ご褒美だ」
「うっ、うわぁぁぁぁっ、にっ、兄さまぁぁぁぁ」
……俺は思わず彼女の頭を叩いた。




