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第三百一話   兄、シーア

門の奥から二人の兵士が近づいてきた。彼らは統制の取れた動きで俺たちの傍までやって来ると、カン、と靴を鳴らして、直立不動の姿勢を取った。


「お待ちしておりました、統監様。ご案内いたします」


二人はクルリと回れ右をすると、カッ、カッと子気味いい音を鳴らしながら奥に歩いて行く。俺たちは無言で彼らの後を追った。


しばらく歩くと、廊下の奥に白い服を着た小柄な男が控えているのが見えた。彼は俺を目が合うと、とても嬉しそうな表情を浮かべた。どうやらこの人が、兄のシーアなようだ。俺は後ろを歩いているクレイリーファラーズに視線を向ける。ちゃんと、兄の情報を伝えてくれという意味の目配せだ。さすがに彼女も察してくれたのか、面倒くさそうな表情を浮かべながら、頷いてくれた。


兵士たちは、白い服を着た男の前までくると、再び回れ右をして控えた。そのとき、男が両手を広げながら口を開いた。


「ようこそ、水の都キーングスインに。新しく就任された統監様をお迎えできます事、心から喜んでおります。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」


「あ……ありがとうございます」


「……」


どうやって言葉を繋いでいいのかがわからない。彼は俺のことを知っているようだが、俺は彼のことを知らないのだ。……てゆうか、どうして情報を流してくれないんだ? おい、クレイリーファラーズ。


俺は後ろの控えているクレイリーファラーズに向かって、ヒラヒラと手を振る。何か、情報を寄こせと言う意味だったのだが、何を勘違いしたのか、彼女は俺の手をギュッと握った。何をしていやがるんだ。


「お初にお目にかかります。ノスヤ・ムロウス・ユーティンの妻、ヴァシュロンでございます」


俺が戸惑っているのを察したのか、ヴァッシュが見事な所作で挨拶をしている。ナイスアシストだ。……って、どうして俺を睨むんだ?


「ああ。あなたがヴァシュロン殿ですか。初めまして、シーア・ヒーム・ユーティンです」


「お目にかかれて光栄でございます、お義兄さま。今後ともよろしくお願いいたします」


「お義兄さまなどと……。どうぞ、これからもよろしくお付き合いください」


……何とも腰の低い人だ。それに、この人の雰囲気がいい感じだ。人懐っこいというか、おそらく、とてもいい人なのだろう。


『この人は、あなたの兄である、シーアさんです』


頭の中にクレイリーファラーズの声が響き渡る。いや、わかっているよ。今、本人が名乗ったじゃないか。俺はスッとクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女は小さく舌打ちをして、ため息をついた。


『何ということはない人です。人畜無害な人です。あなたとこの人は、仲のいい兄弟でした。まあ、シーズという化け物みたいによくできる人と比べると、どうしても見劣りがするので、あなたたち二人は全く期待されなくて育ちました。気さくに話しかけていいと思いますよ?』


何だ、そうか。じゃあ、そうさせてもらおうか。


「お久しぶりです。お目にかかれてうれしいです。とても元気そうで、安心しました」


「それはノスヤ、お前の方こそ。……いや、失礼しました。統監様におかせられても、ご機嫌も麗しく、何よりでございます」


「そんな、気を使わないでください。いつもの通りに振舞って下さい」


「いや、そういうわけにはいきません。あなた様は、この西キョウス地区の統監におなり遊ばしたお方でございます。本来ならば、男爵たる私がお目にかかれるお方ではございませんのに、お情けを持ってお目通りいただいたのは、身に余る喜びでございます。侯爵様におかせられましては、ご結婚と襲爵、さらに、西キョウス地区の統監ご就任と喜びが重なられ、何よりでございます」


……固い。何て固いんだ。どうやらこの人は、生真面目すぎるくらいに生真面目らしい。なるほど、シーズが心配する理由がよくわかる。ここにあのニタクが来るとなると、この人は、あの兄の言いなりになることが、容易に想像できる。


そのとき、腹の鳴る音が聞こえた。振り返ると、クレイリーファラーズがあらぬ方向に視線を泳がせていた。お前か……。


「いや、失礼しました。ついついお話にかまけてしまいました。ちょうどお昼時ですね。皆様お疲れでしょう。どうぞ中に」


シーアは一礼すると、俺たちを建物の中に案内した。


中はとてもきれいで整頓されていた。どうやら、このシーアという人の好みであるようだ。シンプルで無駄なものがない。とても機能的であるという印象を受けた。


「さあ、どうぞ」


彼は自ら扉を開けて、俺たちを部屋の中に案内する。そこはまるで、スイートルームのような広々とした部屋があった。


「どうぞ、心行くまでお寛ぎください」


彼はそう言うと、手をパンパンと二度ならした。すると、すぐに白髪の男性が現れた。シーアはその男に何やら耳打ちすると、改めて笑顔を俺たちに向けた。


「では、後ほどまた、お目にかかります」


彼はそう言って頭を下げた。


「ちょっと待ってください」


俺は無意識のうちに、シーアの手を掴み、部屋の中に連れ込んでいた……。

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