表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
298/396

第二百九十八話 お世話になりました

昼食を終え、再び馬車に乗って王都を巡る。事前に作ったリストを見ながら、必要な物をドンドン購入していく。ヴァッシュは、ほとんど迷うことがないので、買い物自体はとてもスムーズだ。次々と店を巡っていく。


一方のクレイリーファラーズは、どうやら悩みながら決めるタイプのようだ。品物を両手に持ってグズグズ悩んでいる。だが、ヴァッシュの買い物がすぐに終わるので、いつも買いそびれてしまっている。


そんなこんなで、夕方近くになると、予定していたものの大半は揃えることができた。


屋敷に帰ると、シーズが帰って来ていると言う。取り敢えず、彼の許に向かうことにする。


「やあ、ノスヤ」


相変わらず冷たい笑みを浮かべる。この、口元だけ笑みを浮かべるというスタイルは、何とかならないものか。


だが、シーズは俺の感情など知ったことではないとばかりに、言葉を続ける。


「いつ、出立するのだ?」


「ええと……近日中です」


「それは、いつだ?」


何だ、いやに話を詰めてくるじゃないか。俺たちに早く出て行けと言いたいのだろうか。思わず隣のヴァッシュに視線を向ける。彼女も、冷静を装っているが、少し戸惑っているようだ。そんな状況を察してか、シーズがさらに口を開く。


「いや、ニタクの兄が、キーングスインに向かったと報告があった。あの兄のことだ、どうせ、ロクなことを考えていないだろう。シーアのことが心配だ。できることならば、早めにキーングスインに行ってもらいたいのだ」


「わ……わかりました」


「なに、心配することはない。ニタクの兄が考えることなど、愚にもつかないものだ。お前にもわかるだろう。しかし、シーアが心配だ。あの兄に振り回されて疲弊する可能性が極めて高い。あれは、優しすぎるからな」


「は……はあ……」


「シーアの許でお前に会ったならば、ニタクの兄はどんな表情を浮かべるだろうな。楽しみだ」


そう言うと彼は、クックックと含み笑いを浮かべた。


「わかっていると思うが、ニタクの兄が何を言おうと聞く必要はない。すべて突っぱねろ。言うまでもないことだが、お前は侯爵なのだ。兄とはいえ、侯爵が子爵の言を取り上げるなどあり得ぬことだ。ニタクは兄としてお前に接してくるだろうが、お前は家来として扱って構わない。ちょうどいい機会だ。あの兄に、己の立場をわからせてやれ」


そこまで言うと、シーズは真面目な表情になった。背筋が寒くなる。


「それとは別に、兄であるシーアを助けてやれ」


「……」


「あそこは、何も特徴のない土地だ。お前はキーングスインに行ったことはないのだろう? であれば、お前の眼であの土地を見てくるといい。そして、何か変えるべきものがあれば、遠慮なく変えて行け。お前は西キョウス地区の統監だ。お前の治める領地を栄えさせることが、お前に与えられた使命なのだ。それを忘れるな」


シーズはじっと俺を睨んでいる。正直、怖い……。


彼はすぐに元の表情に戻った。


「あとは、隣国のインダークの動きに注意しろ。すぐさま侵攻してくる可能性は低いが、油断のならない国だ。まあ、ヴァシュロン殿がこちらにいる限り、それについては、あまり心配はしていないが」


シーズの言葉に、ヴァッシュの表情が固まる。裏を返せば、インダークから人質をとっているのだという意味にも取れるからだ。いや、それがシーズの偽らざる思いなのだろう。


「わかりました。では、明日、出立します」


「へぇ?」


突然、ヴァッシュが口を開いた。その直後、クレイリーファラーズが頓狂な声を上げる。


「長々とお世話になりました。また、日々の手厚いおもてなし、心から感謝申し上げます」


ヴァッシュは見事な所作で、シーズに頭を下げた。だが、彼は相変わらず冷たい笑みを浮かべている。


「ノスヤ」


「……はい」


「いい妻を持ったな」


「……自慢の妻です」


「ハッハッハ! お前も言うようになったな。まあ、何か困ったことがあるのであれば、いつでも言って来るがいい」


彼はそう言うと、下がってよいと命じた。俺たちは黙ってその場を後にした。


部屋に戻ると、早速明日の荷造りにかかった。クレイリーファラーズは、まだ買っていないものがあると言ってグズグズ言っていたが、皆が粛々と荷造りを始めたのを見て、彼女も渋々荷物をまとめ始めた。


ヴァッシュは、こうなることを予想していたのか、いつでも出立できるようにある程度荷物をまとめていた。そのために、俺たちの荷造りは、予想以上の早く済んだ。


その日の夕食は、かなり豪華だった。何と、ドラゴンの肉が出たのだ。シーズは何だかんだ言いながら、俺たちを応援してくれているのかと、少し思った程だ。


やっぱり、ドラゴンの肉は美味かった。ワオンがメチャメチャ喜んでいたが、これは共食いにならないのか、などと下らぬことを考えてしまった。


ハウオウルたちは、まだ荷造りをするのだという。明日の朝に出立するので、早めに休んでくださいねと言って、俺たちは寝室に入った。


風呂に入り、寝ようとしたが、ヴァッシュが何だか困った表情を浮かべている。


「……今着ているパジャマをどうしようかしら」


「どうしたんだい?」


「出立してしまったら、しばらく洗濯することができないわ。気に入っているものだから、汚れが染みついてしまうのは、避けたいのよね……。朝早く起きて、洗濯しようかしら……」


「……そのまま、荷造りしちゃえばいいんじゃない?」


「どういうこと?」


訝るヴァッシュに、俺は無言で彼女のパジャマを脱がせた。


「このまま寝て、明日、着替えればいい。さっき風呂に入ったばかりだから、汚れていないだろう?」


「……バカ」


ヴァッシュの体がほのかに紅潮していた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ