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第二百九十七話 どっちもどっち

「ブフッ!」


突然、クレイリーファラーズが頬張っていたカニの身を吹き出した。何だよ、汚いなぁ。


「インザーム教? それはまあ、ご苦労様です」


どうやら、彼女はインザーム教を知っているらしい。バカにしたような素振りであることを考えると、この宗教はかなり怪しいモノなのかもしれない。


「……フン。何の話じゃ!」


猊下、と呼ばれた女性はプリプリと怒りながら、その場を後にした。俺たちは呆気にとられながら、その後ろ姿を見送った。


「ささ、食べましょ、食べましょ」


クレイリーファラーズが、ポカンとしている俺たちに、食事を勧める。


「何かしら、今のは? インザーム教? 聞いたことがないわ」


ヴァッシュが少し戸惑いながら口を開く。ハウオウルやパルテックに視線を向けてみるが、彼らも知らないらしい。首を傾げている。


「ちょっと、あの、インザーム教というのは、何なのです?」


「何が?」


何がじゃない。一体あの少女は何者なのか説明してほしいのだ。ワオンと一緒にカニを食っている場合ではない。


全員の視線がクレイリーファラーズに注がれている。彼女は仕方がないとばかりに、口に含んでいたカニをゴクリと飲み込んだ。


「インザーム教というのは、神の声を聞き、それを民衆に伝えるというのが始まりです」


「ああ……」


ハウオウルらが、納得したような表情を浮かべる。だが、俺には皆目わからない。ふと、隣のヴァッシュを見ると、彼女もよくわからないといった表情を浮かべている。


「確か、弾圧されていると聞いたけれど……」


「ええそうです。弾圧しているのは、カルマトル正教。まあ、私から言わせると、どっちもどっちですけれどもね」


「ご領主は知らんと思うが、ずいぶん昔のことじゃ。インザーム教は、神のお告げであると言って、とある大国で活動をしたんじゃ。その話を民衆をはじめとして、時の皇帝までもが信じてしまい、急遽、都を移すことにしたんじゃ。民には重税を課して、夜に日を継ぐ突貫工事を行った結果、人心は離れ、国は混乱した。しかも、天変地異は起こらなかった。怒った皇帝は、インザーム教を迫害した。それが事の発端じゃ」


「なるほど。ですが、その……カルマトル正教に迫害されているというのは?」


「うむ。あるときを境に、あくまで神の教えを聴き、それを皆に伝えることにこだわる者と、別の道を行こうと考えた者と分裂したんじゃな。インザームは、あくまで民衆に神の言葉を伝えることにこだわるが、カルマトルの方は、そうした神の声は、選ばれた者のみに知る権利があるとして、貴族や王族を対象に布教を始めたのじゃ。カルマトルは、何度か天変地異を当てたこともあり、信頼を寄せる貴族や王族もいてな。そうした連中と繋がったことで、カルマトルはインザームを滅ぼそうと考えているのじゃな」


ハウオウルがバカバカしいと言わんばかりの表情で口を開く。確かに、胡散臭いこと限りなしだ。


「まあ、どちらも、神の声なんて聴けるわけもないのですけれどね。カルマトルだって、天変地異を当てたと言われていますが、あれはたまたま。マグレの一回だけです。今では、あちこちの天変地異を予言したと言われていますが、あれは全部後付けです」


「ほう、お嬢ちゃん、よく知っておるな」


「ええ。このくらいのことは、知っていますとも」


クレイリーファラーズがすました顔で頷いている。まあこれでも、神の近くに仕えていた天巫女なのだ。神の声を聞くことができる人間など、彼女からしてみれば、噴飯ものなのかもしれない。


「へえ~。そんなことがあったの。ちっとも知らなかったわ」


ヴァッシュが呆れたような表情で呟いた。そんな彼女を、パルテックが優しくフォローする。


「ええ。今はどちらも衰退しておりますから、姫様がご存じないのは致し方ございません。インザームもカルマトルも、信じている者はごく一部でございますから」


ヴァッシュは、そうなの、と言いながらカニの足を手に取った。


「どちらも、私たちには関係なさそうね。さ、食事を早く終えちゃいましょうよ」


ヴァッシュの言う通りだ。俺は皆を促して、再び食事を始めた。


◆ ◆ ◆


「ダルケ」


猊下と呼ばれ、ヨネちゃんと呼ばれた女性が、背後から付いてくる男に、じっと前を見据えながら声をかけた。


「何だい、ヨネちゃん」


「あの男、信用できる」


「あの男って、誰だい?」


「先ほど、仔竜を抱いておったあの、若い男じゃ。あの男、信用できるぞ」


「一体何をしようとしているので?」


「妾が窮地に陥ったとき、あの男に縋れば、必ず助けてくれよう。あの男の身元を抑えるのじゃ。それに……」


「それに?」


「あの男の傍に侍っていた、金色の髪をした女性……。妾に食べ物を突き付けてきたあの女じゃ。あの女、油断ならん。必ず妾の遺恨となるであろう」


「……あの」


「何じゃ?」


「そんな相手がいる男の身元を調べますので?」


「そうじゃ。あの男を押さえておけば、あの無礼な女は抑えられる。すぐに調べよ」


「……承知しました」


男はスッと踵を返して、先ほどの店に向かって行った。女性はその足音を聞きながら、男のヤル気がないことを、敏感に感じ取っていた……。

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