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第二百九十六話 舌鼓

猊下と呼ばれた女性は、俺をじっと睨んでいる。これはあまり関わらない方がいい。ゆっくりと目を逸らせる。


「これを食べたら、どこに行く?」


ヨネちゃんと呼べと窘められていた男性が、軽い雰囲気で話しかけている。一見すると、仲のよい男女に見える。男の方が年上に見えるので、恋人、というより、職場の同僚か、同じパーティを組む冒険者といった雰囲気だ。


「お待たせいたしました」


気付くと、従業員たちがテーブルに料理を並べていた。これは……蟹だろうか? うん、この香りは焼きガニだ。


結構大きめな蟹は、一人につき一個ずつあるようだ。それ以外にも、大きなロブスターを真っ二つに切って、そこに白いソースをかけ、何やら赤い粒が載っている料理もあり、サラダがありと、甲殻類ずくしの料理が所狭しと並べられた。


「では、食べようか」


俺の一言で皆、料理に手をつけていく。ヴァッシュやパルテックはサラダから食べている。クレイリーファラーズとハウオウルはロブスターに手をつけている。そんな光景を見ながら俺は、目の前の蟹に手をつけた。


ふと、皆の視線を感じる。どうやら皆、この蟹をどう食べてよいのかわからないようだ。いや、クレイリーファラーズは、フォークで一生懸命ロブスターの身を穿り出している。あれは……味噌を食べようとしているのか。まあ、それはどうでもいい。


形状が蟹に似ているので、おそらく食べ方も一緒だろう。そう思いながら甲羅を剥いていく。


……やはり、蟹と同じだった。カニ味噌がパンパンに詰まっている。俺はそれを一口で平らげる。


「うん、美味い!」


濃厚な味だった。これはマジで美味い。いつまでも食べていたい味だ。


ヴァッシュたちは、見よう見まねでカニの甲羅を剥がそうとしているが、上手くいかないらしい。仕方がないので、甲羅を剥いてやる。


「ほら、これを食べてみな。本当に美味しいから」


俺の言葉に促されるように、ヴァッシュはカニ味噌を口の中に運んだ。その直後、目がギュッと閉じられた。


「ン……美味しい……」


ヴァッシュの顔がとろけるような表情になる。どうやら、気に入ってくれたみたいだ。


彼女に続いて、皆、カニ味噌を口の中に放り込んでいく。どうやらその味に満足しているようだ。


出された蟹には、足ごとに切れ目が入れてあり、剥きやすい状態になっていた。何とも親切で、腕のいい職人がいるようだ。


「ほら、足の身はこうやって剥くんだ」


切れ目のあるところを中心に、真っ二つに足を折り、スッと引くと中の身が出てくる。それをヴァッシュに渡す。彼女は大きな口を開けてそれにかぶりつく。


「ン……。これも、美味しい」


彼女の幸せそうな表情を見ながら、次々と蟹の身を剥いていく。そして、パルテックとハウオウルの分も次々と剥いていってやる。


「ちょっと、私は?」


クレイリーファラーズが、ロブスターを頬張りながら話しかけてくるが、アンタは知っているだろうと言って無視することにする。舌打ちをして怒っていたが、見ていると、器用な手つきでカニを剥いている。察するところ、身を剥くのが面倒くさかったのと、手が汚れるのを嫌ったのだろうが、すでにロブスターを触っているので、手は汚れている。


「さてと」


席に戻ると、早速俺のカニを味わうことにする。……うん、美味い。日本のカニよりも濃厚だ。カニの旨味が凝縮されているような味だ。これはいい。


ふと見ると、ワオンがテーブルの上に、お尻をペタンと付けた状態で座り、前足を使って、器用にカニを抱え上げていた。それをそのまま口元に持っていく。まさか、と思ったその瞬間、ワオンはカニを丸かぶりした。


……バリッ、バリッ、バリッ。


甲羅が砕ける音がする。皆、唖然とワオンを見守る。結構固い甲羅なのだが、そんなものを噛み砕いてしまって、口の中は痛くないのか……。そんな俺の心配をよそに、ワオンは喜びの声を上げた。


「ンきゅ~。ンキュッ、キュッ、キュッ」


相変わらずバリバリと豪快な音を立てながら、ワオンはカニを味わっている。その表情は、本当に美味しいものを食べている幸せを噛みしめているかのようで、とてもかわいらしい。この場が、何ともほっこりとした雰囲気に包まれている。


「あれは、何じゃ?」


先ほど、視線を向けていた、猊下と呼ばれた女性が、俺たちを指さしている。どうやら、カニ料理がきになるようだ。


「ええと……あれは……これだね」


男性が、メニューを指さして女性に説明している。彼女はそれをじっと見ながら、小さな声で、高い……と呟いている。


ふと、彼女の視線があらぬ方向に向いた。視線の先を追ってみると、そこには、カニの足を差し出したクレイリーファラーズの姿があった。どうやら、「一本食べる?」と言っているようだ。だが、女性は、ゴクリと唾を飲み、真剣な表情で口を開いた。


「インザーム教の教主たる妾は、そのような施しなど受けぬのじゃ。教徒からの施しならば受けるが、そなたは、我が教に帰依したものではあるまい。それに今、妾は、世を偲ぶ仮の姿を装っておるのじゃ。我が教を弾圧しようとするカルマトル正教の連中に見つからぬようにせねばならぬ」


……それって、言っちゃいけないことなんじゃないのか??

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一応、そのクレさんは・・・、何だっけ? グウタラし過ぎている姿しか思い出せないなぁ~
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