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第二百九十二話 バロンハウト家

「ごめんください」


俺は恐る恐る扉を開けた。その直後、建物の中から冷え冷えとした空気が漂ってきた。


アルマイトさんから紹介された本屋は、彼の屋敷から馬車で数分の場所にあった。その佇まいは、完全に幽霊屋敷だった。


「一見すると廃墟に見えますけれど、臆せずに中に入って下さい。ええ、すぐにわかります。雑草が生い茂っていますが、建物が建っていますので、すぐにわかります。本屋はその中です」


アルマイトさんは満面の笑みでそう教えてくれた。彼の許を辞して、王都で必要な物を購入して屋敷に帰る道すがら、ヴァッシュと早速明日、行ってみようという話になった。朝食を終えると、すぐにその場所に向かう。


アルマイトさんの話からは、本屋はどうやらかなり特徴的な建物であることは理解できたし、それはすぐに見つかった。貴族屋敷が立ち並ぶ一角に、とつぜん廃墟が現れるのだ。一瞬、別世界に迷い込んだのではないかと思った程だ。


錆び付いた門を開け、玄関に向かう。庭は手入れされていないために雑草が生い茂っているが、人が定期的に訪れるのだろう。ちゃんと門から屋敷まで轍のような道ができていた。


建物は古びているが、いわゆる豪邸というやつだ。かなり大きな建物であることに間違いない。


おそらく、かなり位の高い貴族の屋敷ではないかと想像するくらいの、広大な敷地と建物だ。手入れをすれば、かなり立派な佇まいになる気がする。


そんなところに本屋があること自体が疑問だが、アルマイトさんは王都でここが一番よい本屋だと言って太鼓判を押していた。本当だろうか?


中を覗いてみるが、薄暗くてよくわからないが、まるで図書館のように本棚が林立している。品揃えはよいようだ。


「いらっしゃい」


突然男の声が聞こえて、ビクッと体が震える。よくみると、小柄な白髪の老人が佇んでいるのが見えた。


「あの……本を購入したいのですが……。アルマイトさんから聞いて……」


「ああ、あのドラゴンバカか。ドラゴンの尻ばかり追いかけておるから、未だ嫁の来てもない」


……毒舌だな、このおじいちゃん。彼は俺たちを置いてスタスタと屋敷の中に入っていく。


「ちょっと待ってな。今、明かりをつける」


老人の声が聞こえてしばらくすると、屋敷の中が少し明るくなった。


本棚には本がビッシリと収められていて、よく見ると、一冊一冊が鎖でつながれていた。一体何のためにこんなことをするのかと思ったが、後で聞くと、この世界で本は貴重品であり、本屋では盗まれないように鎖などでつないでおくのが一般的なのだそうだ。


「……で、何をお求めだい?」


面倒臭そうな表情で老人が話しかけてくる。早く帰ってくれと言わんばかりの表情だ。だが、そんな雰囲気にもかかわらずヴァッシュは堂々と対峙する。


「農業に関する本と、あとは薬草や医学についての本が欲しいわ」


「それならば、あっちの……手前から三番目の本棚にある」


「わかったわ」


ヴァッシュは俺を置いてスタスタと指定された本棚に向かって歩いて行く。その後ろをパルテックが付いて行く。


「魔法書、なんかはないのかの?」


「数は少ないがある。一番奥の本棚だ。かなり怪しいものも混じっているがな」


「ああ、構わん。ちょっと見せてもらうぞい」


ハウオウルもスタスタと歩いて行ってしまう。残されたのは、俺とクレイリーファラーズだけになった。ワオンは珍しさからか、キョロキョロと辺りを見廻している。


「……エロい本ってないんですかね。BLの。ゴリッゴリのヤツ」


……一体何を言い出すのか。この世界にそんなものがあるわけないだろう。俺は呆れた表情を浮かべる。だが、彼女は怯まない。


「あの……恋愛小説的なものってありますか?」


「ない。が、指南書はある」


「詳しく」


「お前さんのすぐ後ろの棚だ。見て見るといい」


「リョーカイ」


クレイリーファラーズはスキップをしながら本棚に向かって歩いて行った。


それからしばらくの間、屋敷の中には静寂が訪れた。皆、真剣に本を選んでいるようだ。老人は椅子に腰かけたまま、ぼんやりと天を仰いでいる。暗くてよく見えないが、吹き抜けになっているのか、天井はかなり高い屋敷だ。


「……ずいぶん天井が高いのですね」


思わずそんな言葉が口を突いて出てしまった。老人はジロリと俺を睨み、面倒くさそうに口を開いた。


「そりゃ、二階建てだからな」


「え? さらにこの上に部屋があるのですか?」


「違う。床が抜けたのだよ」


「床が抜けた?」


「本が多すぎてな」


聞けば、元々は二階に本を収納していて、今、俺たちがいる一階部分は住居だったのだそうだ。この老人は、元はこの家に仕える使用人だったそうだ。


「いや、今でもバロンハウト家に仕えているがね」


老人はそう言って再び俺から視線を逸らせた。ポツポツと質問してわかったことだが、この大量の蔵書は、亡くなったバロンハウト家の当主が集めたものであるらしい。だが、当主が死ぬと同時に大量の蔵書が二階の床をぶち抜いてしまい、一階部分を滅茶苦茶にしてしまった。後を継いだ当主は資金不足から屋敷の修理を断念して、今は、別荘地で暮らしているのだそうだ。


この老人は、前の当主と共に本を各地から集めてくる仕事に就いていた。彼は放置された屋敷の管理を任されたが、バロンハウト家からの給金はほとんど貰えていないらしい。


「まあ、見てくれは立派だが、内情は貧乏だからな」


老人はそう言って寂しそうに笑った。彼は残された膨大な書籍を整理して、それらを希望する者に売って、糊口を凌いでいるのだそうだ。


「バロンハウト家自身が、本を売ればよかったのでは……」


「売れんのだよ、今のご当主様には。あれだけ本が積み重なり、乱雑に散らかっていては。ご当主様は、これらの本をゴミだと思ったようだ」


老人は、寂しそうに笑った……。

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