第二百九十話 さて、何を買う?
それから十分後、クレイリーファラーズから欲しいものリストが上がってきた。
ビックリした。やっぱり、この人は天巫女になるだけある人だったのだ。やれば、デキる人なのだと確信した。
提出されたリストには、ビッシリと商品名が記されていた。乱雑に書きなぐられているために、判別がつかない文字もいくつかあったが、それでも、A4用紙一枚分の大きさの紙を、僅か十分でこれだけ空白を埋めてくるのだ。並大抵の力ではない。
一応、確認のために聞いておいたが、別に欲しいもの順に並んでいるわけでもなく、食品や衣服と言ったカテゴライズされているわけでもない。ただ、己の心の内に湧き上がる欲望に素直に従って書きなぐったとのことだ。これだけ短い時間で情報を文字化できるスキルは、多くの情報を文字化する必要がある天界では、重宝されるだろう。こちらの世界などでも、ちゃんとスキルを活かせば十分生きていける。きっと、作家などは喉から手が出るほどに欲しい才能だろう。
だが、世の中は上には上がいる。その、クレイリーファラーズの欲望の塊とも言えるリストをヴァッシュに渡したところ、彼女はチラリとそれを見ただけで、すぐさま判断を下したのだ。
「全部却下ね」
「ああん!?」
顔が歪むクレイリーファラーズ。しかし、ヴァッシュは冷静な表情を崩さぬまま、手に持っていたリストをテーブルの上に置いた。
「ひどくないですか? 最初っから、私の希望を聞く気はなかったってことじゃないですか!」
「さっきも言ったけれど、必要な物であれば購入するわ。申し訳ないけれど、このリストには、必要と思われる物が一つも入っていないわ」
「何ですって?」
「じゃあ聞くけれど、ドレスがかなり多く書かれているけれど、そんなにたくさんドレスは必要なのかしら?」
「必要でしょ? これから各地区を訪問するのですよ? 地区を管轄する方々にご挨拶するのに、平伏で行けと? 歓迎会だってあるのでしょ? 同じ服で行けと?」
「二着あれば十分だと思うわ」
「ハア? 二着? 着たきり雀になれってか?」
「キタキリ? よくわからないけれど、二着で十分だと思うわ。だって、各地区の担当官はそれぞれ違うのよ。例えば、シエィザフェイで着た衣装をコレーソウで着たとして、誰が同じ衣装だと気付くの? 二着あれば十分じゃない?」
「クッ……」
「それに、食べ物も多く記されているけれど、生ものが多いわ。これじゃあ、旅の途中で腐ってしまうわ。それともまさか、腐る前に全部食べるつもりなの? 食傷してしまうわ。それに、一度にこんなに食べたら、それこそ太ってしまうわよ。ドレスが入らなくなるわ」
「ふっ、太らないように、しますよ……」
「というより、さっき、あなたは痩せるって言わなかった? シーズ様に言われたくもないことを言われて悔しかったのでしょ? であるにもかかわらず、これだけの食糧を書いてきて、さらに全部食べるというのは、さっきの発言と矛盾していると思うんだけれど、違わないかしら?」
「うっ……うぐぐぐ……」
「それに、あなたのリストには、下着類が入っていなかったみたいだけれど、大丈夫なの? それこそ多めに持って行った方がいいと思うけれど」
「下着は……かわいいのがあれば、買うつもりで……」
「それなら、商人をこの屋敷に呼んだ方が早いわ。下着だけを買いに王都に行くわけじゃないから……」
「……ちょっといいですか?」
ヴァッシュの言葉を遮って、クレイリーファラーズが俺に向かって顎をしゃくっている。何だよ一体。
「あの小娘、ヴィーニの存在を忘れていませんか?」
「ああ、きっと、記憶からそれらのことは、神様が消したかもね」
「……死ねよ」
物騒な言葉を吐いたので、思わず頭を叩きそうになる。いかんいかん。ここは自重せねば。
確かに、『神の手』と呼ばれる、クリスチャン・ヴィーニには、無尽蔵に物を収納することができる。だが俺は、ヴァッシュの言うことに賛成だ。余るほど衣装を持っていったとしても、どうせ着ないのだ。それに、食料に関しても、行先は決まっているし、それぞれが長い旅路ではない。実際、ラッツ村を出るときに用意した食料にはほとんど手をつけていない。王都で購入したとしても、きっと、手をつけることなくラッツ村に帰るだろう。まあ、クレイリーファラーズが本気を出せば全部処理するのだろうが、そこまでする必要は全くないのだ。
「とにかく、さっきも言ったように、優先順位の高いものを購入していくのです」
「じゃあ、優先順位の高い物って何ですか?」
「ええと……」
クレイリーファラーズがまさか、そんな質問をしてくるとは思わなかった。思わずヴァッシュに視線を向ける。
「まず、薬ね。それと……本かしら」
「本?」
「そうよ。これから向かう各地区のことはよくわからないけれど、その土地に合った作物や産業があるはずよ。それを伝えるために、本は必要だわ」
「本って重い……」
「素晴らしいよヴァッシュ!」
俺は思わず叫んでいた。そして、両手を広げながら彼女の許に向かう。
「君は各地区のことをそこまで考えていてくれたのか~。偉い。俺にはそこまで考えが及ばなかったよ~。そこまで考えてくれて、ありがとうヴァッシュ~」
俺はそう言いながら、彼女をギュッと抱きしめた。
2020年最後の更新となります。皆様、よいお年をお迎えくださいませ。
片岡直太郎




