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第二十九話 真夜中の開墾

屋敷から出てきた俺の右手には、神のディガロが握られていた。その姿を見たクレイリーファラーズが、ギョッとした表情を浮かべる。


「ま……まさか……」


「ええ、そのまさかですよ」


「やめてください! お願い! やめて!」


彼女は俺の右手に縋りつくようにしながら、大声で叫ぶ。


「ソメスの木が無くなったら、ラーム鳥たちがまたどこかに行ってしまうじゃないですか!」


「……いや、誰がソメスの木を焼くと言いました? もう、黙って見ていてください」


俺はクレイリーファラーズの手を振りほどき、ゆっくりと草の壁に向かっていく。そして、森からソメスの木まで伸びている壁に向かって、ディガロを向ける。


「はっ!」


ものすごい勢いで炎が噴射される。なるほど、この魔力量であれば、これだけの炎が出るのか……そんなことを思いながら俺は炎の量を調整していきつつ、草の壁を燃やしていく。


ゴォォォォ~と不気味な音を立てながら、草は天に向かって火柱を上げている。この草は火に弱いのだろうか、まるで溶けるようにしてその姿を消していく。俺はころ合いを見計らって、再びディガロを構え、今度はそこから水を勢いよく噴射させていく。


「うわったったった! これ、調整が難しいな……」


思った以上に水の勢いが強く、かなり遠い所まで飛んで行ってしまっている。それでも俺は四苦八苦しながら水量を調整し、火を消し止めていく。


「よーし、大体わかったぞ」


ハウオウルに習った魔力の出し方のコツをそのままディガロに応用してみたら、かなり思った通りに扱えるようになってきた。気が付くと、一時は一面が火の海と化していたところが、見事に鎮火し、天を覆うばかりに成長していた草壁は跡形もなく消え失せ、真っ黒い地面が露出していたのだった。


「あとは……」


俺はソメスの木の周囲に生えている草壁に向かう。ここは木に燃え移らないように、微妙な調整が必要だ。ディガロでは威力が強すぎるため、俺は火魔法を駆使しながら、少しずつ、少しずつ草壁を燃やし、そして水魔法で鎮火していく。


そんなことを繰り返すこと数十回。夜が白み始める頃、ようやくその作業は終わりを迎え、辺りは真っ黒い地面になりはしたが、元通り、ソメスの木が完全に見える形になったのだった。


「はぁ~疲れた~」


俺はう~んと背伸びをする。中腰で作業することが多かったので、結構腰にきていたのだ。ふと見ると、辺りは草を燃やした影響か、煙が立ち込めていて視界が悪くなっている。しかも、なかなか焦げ臭い。今になって気付くことだが、この日は無風だったのでよかったものの、風が強ければ俺は煙に燻されるだけでなく、下手をすると大やけどをする危険性があったのと、最悪の場合、火の粉が村に届けば、村中が火事になる恐れすらあったのだ。そんなことを考えると、背中に冷たい汗が流れてくる。


さて、作業を終わろうかと思い、何気なく地面を見る。草は焼いたが、もしかすると根はまだ土の中に生きているかもしれない。そう考えた俺は、地面に手を突き、土魔法を発動させる。


……どうやら、根も無事に焼き切れているようだ。だが、この焼かれた土地では、作物の栽培は難しいだろうということも、その手を通じてわかってきた。


「まあ、しゃーない。ここまでやったんだからな」


俺はそんなことを呟きながら、頭の中でイメージを練る。参考にするのは、前回、ソメスの実を植えたときに地面を掘り返し、さらに養分の豊富な土を入れ、それを混ぜたときのことだ。あのときは、掘り返し、土入れ、混ぜるの作業を三回に分けて行ったが、今回は一回でやってみることにした。頭の中でイメージを膨らませつつ、範囲を指定していく……。


「はっ!」


気合いの一言と共に、地面が小刻みに揺れる。そして、一瞬地面が盛り上がったかと思うと、そこには、軟らかそうな土が出現していた。


「おお……うまくいった……」


要領を掴んだ俺は、焼いてしまった部分を中心に、地面を作り変えていく。一度、出来てしまえばあとは簡単な作業だった。ものの数分もしないうちに、裏庭の大半は畑と化してしまっていた。


「ま、あとは何かを植えればいいだろう。それにしても、疲れたな……。ちょっと休もうか」


気が付けばほぼ徹夜で作業しているのだ。いくら若いとはいえ、疲れるものは疲れる。俺はゆっくりと屋敷に向かって歩き出す。そういえば、クレイリーファラーズはどこに行ったのだろうか? そんなことを思っていると、俺の耳に聞きなれない音が聞こえてきた。


ファサッ、ファサッ、ファサッ……。


何か、木が風で揺れているような、しかも耳を澄まさないと聞こえないような音だった。何か風でも吹いているのかと、何の気なしに振り返ってみると、そこには驚愕の光景が広がっていた。


……何と、夥しい数のラーム鳥が、ソメスの木に向かって飛んで行っていたのだ。その数およそ50羽。中には巣立ちしたばかりと思われる、若いラーム鳥の姿も見えた。彼らは入れ代わり立ち代わりソメスの木に近づき、ある鳥は飛びながら、ある鳥は地面に下りながらソメスの実に嘴を刺して、果肉を吸い出していった。そしてそれはほんの数分間で完了し、ラーム鳥は再び小さな羽音をさせながら、森の中に帰っていった。


「……なるほどね。こりゃ、わからないはずだわ」


俺は苦笑いを浮かべながら、踵を返して屋敷に向かった。扉を開けると、クレイリーファラーズはハンモックに横になり、いびきをかいて熟睡していた。俺はテーブルの上に上がり、彼女の耳元に口を近づける。


「クレイリーファラーズさん、クレイリーファラーズさーん」


「……何ですか~うるさいですよ~」


「ラーム鳥が、ものすごい数のラーム鳥が、飛んできていますよ~」


「ええっ!? 嘘!?」


寝ぼけ眼で飛び起きた彼女は、ふわりと床に降り立ち、ものすごい勢いで裏庭に出ていった。俺はその姿を見送ることなく、自室に入って鍵をかけ、ベッドにもぐりこんだ。


「とりあえず、おやすみなさい」


目を閉じると同時に、俺は深い眠りに落ちていった……。

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