第二百八十九話 リストアップ
結局、宰相の家来たちに会うことはできなかった。全員が忙しいらしい。
そう言ってきたのは、シーズだった。カーネは色々と彼に俺たちの事情を説明してくれたようだが、シーズから返ってきた答えは、「そんな暇はない」というものだった。ある意味、清々しい答えだ。
カーネは、力及ばずに申し訳ございませんと言って、さも残念そうに頭を下げた。俺は、あなたのせいじゃないですよと言って、彼を下がらせた。
「せっかくですから、もう、王都を出ちゃいません?」
カーネが去ったあと、クレイリーファラーズがそんなことを言ってきた。まあ、確かに、この屋敷を訪れる貴族もいなくなった。そろそろ出発の時期なのかもしれない。
ハウオウルやヴァッシュらに聞いてみるが、全員、俺の決断に一任するらしい。と、なれば、早めに出立してもいいだろう。
「わかった。じゃあ、出立するか」
俺の言葉に、全員が頷く。
「だとすれば、すぐに王都巡りをする必要がありますね」
クレイリーファラーズが、目をキラキラさせながら口を開いている。俺の経験上、こういう目をしているときの彼女は、ロクなことを考えていないことが多い。
「別に、王都を巡らんでもいいでしょう?」
「何を言っているんですか!」
腕を組みながら、天を仰いでいる。お前、全然わかってねぇなと言わんばかりの態度だ。彼女は再び俺に視線を向けると、両手を広げて、まるでプレゼンをするような格好で口を開いた。
「これからまた、長い旅路に出ないといけないのですよ? 食料品や衣装、その他諸々……必要な物がたくさんあるじゃありませんか! それをまとめて買い出しに行かないといけません。いえ、買い出しについては任せてください。私が全て揃えてきます」
……そんな恐ろしいことをさせるわけがないじゃないか。いや、余裕があれば、どんなものを買ってくるのか楽しみに待つことはできるのだろうけれど、さすがにそんな余裕はない。ただ、この天巫女の言うことも一理ある。俺はヴァッシュに視線を向けて、意見を求める。
「そうね。クレイリーファラーズさんの意見に私も賛成だわ。それに、ワオンももう一度、アルマイトさんに診てもらった方がいいと思うし。そのついで……と言っては失礼だけれど、シーズ様にもきちんとご挨拶しないといけないわ。そうね……。王都で揃えねばならないものを書き出していきましょうか。それと、どういう道順で王都を廻るのかも考えた方がいいわね」
「それでは、私がその計画を立てましょうか」
「パルテック一人ですることはないわ。一緒にやりましょう」
「そうですよ。皆でワイワイと考えればいいと思いますよ、ね、先生?」
「まあ、儂は特に必要な物はないが、王都のことならば多少は存じておる。智恵は出せるぞい」
「では、王都の地図を持って来ましょうか。確か、カーネさんが持って来た地図の中に、この王都の地図もあったはずです。あ、クレイリーファラーズさんも一緒にって……何だよ」
クレイリーファラーズが、明らかに不満そうな顔をしている。何なんだよ、一体?
「私は一人で王都を廻りますから」
「そう? それじゃ勝手にすればいい」
「ダメよ」
俺の言葉をヴァッシュが言下に否定する。別にいいじゃないか。一人で行かせても。誰もこの天巫女を襲おうとは思わないだろう。そんなことを考えていると、ヴァッシュが真っすぐな視線を俺に向けてきた。
「馬車の収納は限られているの。購入するのは、必要な物だけにしないといけないわ。今ある荷物をもう一度把握して、足りないもの、必要なものを整理する必要があるわ。一人で王都に行くのは構わないけれど、何を買うのかを明確にしてからにした方がいいと思うの」
「あ?」
クレイリーファラーズが小さな声で呟く。目がカッと見開かれている。だから、やめなさいって言っているんだ。ケンカを売るような真似をするんじゃないよ。俺は小さな声で彼女に話しかける。
「確かに、ヴァッシュの言う通りだ。何を買うのか、取り敢えず上げてくれるかな?」
「無理です」
「え? 何で?」
「気に入ったものがあれば買うからです」
「それじゃダメじゃん」
「だって、ストレス解消にならないでしょ?」
「ストレスぅ? 何を言っているんだ?」
「だって、食事制限をしているのですよ? ものすご~くストレスが溜まっているのです。これだけ頑張っているのです。買い物でもしないと、ストレス解消にならないじゃないですか。値段を見ずに、欲しいものを欲しいだけ買う。だから、あの小娘の言うような……」
「却下」
「へ?」
俺はヴァッシュたちの方に向き直ると、手を叩きながら口を開く。
「ヴァッシュの言う通りだ。取り敢えず、必要な物をリストアップしていこうか。その上で、王都をどう廻ろうかを考えることにしよう。できれば……そうだな。先にアルマイトさんのところに行ってワオンを診てもらって、その後に買い物がいいかな。シーズの許に行くのは、最後でいいだろう」
「わたっ……」
クレイリーファラーズが何か言おうとしたが、俺はそれを手で制す。
「取り敢えず、欲しいものをリストアップしていただけますか? 検討しますので」
クレイリーファラーズの眼が吊り上がった。




