第二百八十八話 これからどうする?
昨日といい今日といい、クレイリーファラーズの様子がおかしい。原因はわかっている。昨夜、シーズや宰相らと話をしたときだ。あの時に、何か気に障る一言を言われたのだ。
話を聞いて、フォローを入れるべきか? ……いや、放っておこう。
俺は先ほどカーネから渡された地図を広げて見てみる。ハウオウルがのぞき込んできた。パルテックは、姫様のご様子を見てまいりますと言って、寝室に向かった。
「……ここが、王都。そして、ここが、ラッツ村じゃな」
ハウオウルが地図を指さして、王都とラッツ村の位置を教えてくれる。そして、俺が治める西キョウス地区についても解説してくれた。
西キョウス地区のほぼ半分は、隣国であるインダーク帝国と国境を接していた。とはいえ、そこには、高い山脈が連なっているために、帝国から侵攻を受ける可能性は少ないのだそうだ。逆に、ラッツ村は、その帝国に向かうことのできる、ほぼ唯一のルートといってよかった。
「……まあ、この地図を見てもらえれば一目瞭然じゃな。ラッツ村は、この王国にとって捨て石にすぎんということが。帝国から進撃を受けると、どんなに頑張っても二日程度しか持ちこたえることしかできん」
「……捨て石」
「そうじゃ。ラッツ村が進撃を受けている間に、王国は防備を整えて、周辺から攻撃を加える。王国側から見ると、ラッツ村には三方から攻撃を仕掛けることができる。一方で、帝国は、ラッツ村に侵攻しようとしても、道が細いために、大軍で攻めることができん。どちらにせよ、ラッツ村は、この王国にとって、絶好の防備の要、というわけじゃ」
「そういえば、以前、シーズがそんなことを言っていましたね」
「ウム。こうして地図を見ると、よくわかるの」
「そうですね。ただ、リリレイス王国も安穏とはしていられないと思います。やり方次第では、この国は大変な被害を受けることになるかもしれません」
「ほう、と、言うと?」
「確かに、あの狭い道ではラッツ村には大軍で進行することはできないでしょう。しかし、少数とはいえ、精鋭部隊をもってしてラッツ村を半日で制圧し、その勢いで隣のルワタリの街を制圧してしまえば、この王都の喉元に刃を突き付けたも同然となります。リリレイス王国軍の軍備が整う前に、ルワタリの防備を固めてしまえば、王国は窮地に陥ると思うのですが、どうでしょうか?」
俺の言葉に、ハウオウルはポカンとした表情を浮かべている。的外れなことを言ってしまったかと思ったが、彼の口から返ってきた言葉は、意外なものだった。
「……リリレイス王国は、ご領主が味方でおることを、感謝せねばならぬな」
「ど……どいうことです?」
「話を聞けば、簡単なことじゃが、これまで長い歴史の中で、ご領主のように考え、実践した者は誰一人としておらんかったのじゃよ」
「そんなことはないでしょう」
「いや、ご領主。あなた様は、稀に見る軍才をお持ちじゃ。やり方次第では、世界の王となるかもしれぬな」
「やめてください。そんなことはありません」
「そうじゃな。ちと、言いすぎたかの」
そう言ってハウオウルは、カラカラと笑った。
その後、再び俺たちは地図に見入って、これからのことをポツリポツリと話し合った。西キョウス地区は、大別して、六つの地域に別れている。つまり、ラッツ村のあるアルジャー地域、その東隣に位置する、ネオファ地域、南側に位置するハイセル地域、西側に位置するエルゴイスト地域。そしてさらに、それぞれの地区の隣には、シェイザフェイ地域、キーングスイン地区、コレーソウ地区が位置している。シーズが言っていた、俺のもう一人の兄であるシーアがいるキーングスイン地区は、王都から一番近い位置にある。まずは、挨拶も兼ねて、最初にここを訪れることにした。王都からは馬車で、半日で行くことができるらしい。
「……おはよう」
ハウオウルと話をしていると、ヴァッシュが起きてきた。まだ、眠そうだ。
「いいよヴァッシュ。寝てなよ」
「そうもいかないわ」
「今日は一日お休みにするつもりなんだ」
そう言いながら、チラリとハウオウルに視線を向ける。彼は笑顔で大きく頷いている。
「だから、今日はゆっくり休みなよ」
「そう……」
「もうすぐお昼だ。食べたら、部屋に帰ってゆっくり休もう。いや、というより、休ませてくれ。俺も、昨日の疲れが、全然とれていないんだ」
「……仕方ないわね」
ヴァッシュはニコリと微笑みながら、俺の隣に座る。そして、テーブルに広げられてある地図に視線を向けた。
「これは……?」
「さっき、カーネと名乗る人が持って来たんだ。ラッツ村に帰る前に、俺が治める西キョウス地区を廻って帰ろうと思って、先生と相談していたんだ。まずは、兄のいる、キーングスイン地域に向かおうと思う。この王都から一番近いみたいだしね」
「それは賛成だけれど、その前に、挨拶に行かないといけないわ」
「挨拶? どこへ?」
「宰相様の側近の方々よ。宰相様には十人の側近がいらっしゃると聞いたわ。結局、舞踏会でもその方々にご挨拶することができていないわ。まずは、実際に国を動かしているその方々にご挨拶をした方がいいわね」
「なるほど」
そのとき、クレイリーファラーズの部屋の扉が開いた……。




